プロローグ

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プロローグ

(ふる)き日本の象徴たる東京タワーを、俺は今、真下から仰ぎ見ている。 一定の法則性を持ちながら、複雑に編み込まれたオレンジ色の鉄骨。大地に太く(そび)え立つ四本の脚。荘厳だ。未来的フォルムのスカイツリーよりも、俺はこのタワーの方が好きだ。こいつは完璧な設計をもとに、多くの完璧な技術者たちによって造られた。 建設当時は「エッフェル塔の猿まねだ」などと批判を受けたらしい。だが、設計者の(ない)(とう)()(ちゅう)は、「タワーの美しさについては作為しておりません。これは数字の作った美しさであると言えましょう」と言って一蹴したそうだ。 別に猿まねでもいいじゃないか。日本人は古来より大陸の猿まねをし、独自の技術を編み出してそれを昇華させてきた民族だ。単に粗悪なコピーではない。オリジナルを凌駕したコピーは、もはや一流の作品だと思う。それが証拠にタワーの足元には、笑顔の人たちが溢れている。手をつないだ恋人たち、セレブな衣装を身に纏った中高年、そして、幼い子どもを連れた幸せそうな家族連れ──。 父親に肩車をされた女の子が、「てっぺんにいけるの?」と訊いている。父親は、てっぺんには行けない理由を分かりやすく説明しながら、「だけどすぐ近くまでは行けるんだよ」と声を強くした。「とても高いところだから、泣かないようにしなくちゃな」 女の子は、鈴を転がすように笑い、「たかいところ、だいすきだもん。だいじょうぶだもん」と胸を張る。 その家族はチケット売り場の行列に収まり、しばらくして展望台へ上るエレベーターに吸い込まれていった。扉が閉まる間際、女の子の顔は期待に紅潮していた。それは幸福を凝縮したような顔であり、これから小さく巣立つ雛鳥のはばたきであるようにも見えた。
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