空白のとき

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空白のとき

それから俺たちは、病院へ行って検査を受け、それぞれの両親と対面。病室で長々と事情を聞かれたのち、違和感しかない昔の家へ帰ることになった。 後日知った話だが、茉優は親から受けた虐待を包み隠さず話したらしい。どうやら雛子が(俺の知らぬ間に)レクチャーしていたようだ。事を重く見た警察は、児童相談所と連携し、親から娘を隔離したという。   茉優がどこの施設に入れられたのか、探る術はなかった。俺は毎日彼女のことを思い出し、子どもである時期の不快なじれったさに焦げ付いていた。   東京タワーの写真を眺めては、あの約束が果たされることを祈った。他の夢なんか何もない。再会。結婚。それだけを願った。   同世代の子どもが触れられない場所にあった二年間。雛子の死。考え尽くした数週間。俺の経験は、精神の成長を早めていた。周りのガキどもがみんな幼稚に見えた。だから、自ら誰かに話しかけることはせず、一人の世界に閉じこもった。周りのやつらも俺に話しかけてはこなかった。それを無視だと言われれば、確かに、双方合意の無視であっただろう。だが俺は、無視されているその状態に居心地の良さを感じていた。 母親は人が変わったように(うっ)(とう)しくすり寄ってきて、父親はメディアに取り上げられ、講演を行うようになった。   だけども、一度として幸福感を覚えることはなかった。最後の場面の雛子の笑顔がちらついては、真の愛情とは何かを考える日々だった。雛子は(こう)(あく)両面を持った人間らしい親だった。俺と茉優は様々なことを学び、取り込み、融合した。世間は雛子を犯罪者と()ぶが、俺たちにとっては、ある意味で救済者であり、またある意味で先導者だった。
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