片桐雛子という女

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俺の両親がすでに離婚を決めていること、母親のおなかの中には別の男とこさえた子どもがあること、父親は愛人と結婚したがっていること、二人が俺の親をやめてしまったこと等々を、雛子はどこか愉しげに語った。 「そういうわけで、あんたはいらない子になったの。施設に入るのもいやでしょう? 施設は怖いところよ。牢屋みたいに鉄で囲われて、食事もろくにもらえない。あんたは小さいから分からないだろうけど、世の中は差別で満ちているわ。一度施設に入った子はろくな人生を歩めない。だから私がもらうことにしたの。ちゃんと愛情をもって育ててあげるから、私の言うことを聞きなさい」 信じられなかった。でも確かに、両親はしょっちゅう喧嘩をしていた。お金のこと、浮気のこと、互いの悪口ばかり。母から一度言われた言葉が頭をかすめた。 『(ふみ)()なんか、産まなければ良かった。そしたら違う人生が送れたのに──』 だからついに捨てられてしまったのか。雛子の言葉が、すとんと胸に落ちた思いがあった。だけども次の瞬間、両親を信じたい気持ちが湧いて出てきた。どちらに(すが)ればいいのか分からず混乱した。その間も、雛子は俺を(なだ)めるように言葉を紡いだ。 「まず、あんたの名前を決めましょう。そうねえ。何がいいかしら。そうだわ、片桐()()なんてどうかしら。うん、それがいいわ」 雛子は嬉々として、紙に名前を書いてみせた。「茉」の字は見たこともない字だった。ぞわぞわと背筋を冷えたものが走った。もう元の生活には戻れない。家族も、友達も、日常も遠くへ消えてしまった気がした。
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