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「片桐茉也よ。ほら、言ってごらんなさい」
俺はベッドに縛り付けられたまま、泣きそうになって声を出した。
「かたぎり、まや⋯⋯」
馴染みのない響きに、とうとう涙が溢れ出た。すると、
「泣くんじゃないよ! 私の前では泣くなッ!」
拳でごつんと額を殴られた。あまりの痛みに涙が引っ込み、追って絶望のようなものが込み上げてきた。
「いいか、嘘でもいいから笑ってろ! 泣き顔なんてうんざりなんだよ! 鏡を見りゃ泣き顔だ! 私は、私の人生がうんざりなんだ! だからおまえは笑ってろ!」
きんきんと響く声の後、雛子は俺の手を握り、息を整えながら言った。
「子どもは天使なんだろ? 天使の笑顔を見せてくれよ。茉也の生活はちゃんと守ってやるからさぁ。私に癒しを与えてくれよ、なぁ」
雛子の手は熱が出たように熱かった。嘘は見え隠れしていたが、帰る術もない。今考えると不思議だが、子どもだった俺は、意外なほどすんなりと、とりあえず彼女が許してくれるまで日常を諦めることに同意していた。
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