片桐雛子という女

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ぐったりした女の子をベッドに縛り付けると、やにわ、雛子はおぞましくも思える笑みを浮かべた。 「茉也、この子はあんたの妹よ。しっかり面倒みなさい」 見るとすごく可愛い子だ。少なくとも幼稚園や小学校では、こんなにも可愛い女の子を見たことがない。目を開けたらどんな顔だろう。声は、性格はどんな子だろう。だけども可哀想に、この子も(かご)の鳥になってしまうんだ。仲間ができてうれしい、なんて気持ちにはなれなかった。 「茉也、妹を起こしなさい。出来るだけ優しく起こすのよ。怖がらせないように」 初めて連れてこられた不安は消えていなかった。俺は女の子の頬を両手でそっと包み込み、努めて優しい声で「起きて」と言った。「ねえ起きて」と繰り返した。 ややして女の子がゆっくりと目を開けた。俺の顔を見て、目をぱちぱちさせる。 「⋯⋯おにいちゃん、だぁれ?」 横目で雛子を確認すると、その表情には訴えかけてくるものがあった。俺は一呼吸を置いて、女の子にも、自分自身にも、ゆっくり染み込ませるように自己紹介をした。 「ぼくは片桐茉也。今日からきみのお兄ちゃんになったんだ」 女の子は不思議そうに俺を見つめ、 「おにいちゃん? みこ、おにいちゃんなんていないよ」 得体の知れない七歳の男児を視線で牽制した。 そこから先は雛子の出番だ。俺に話したように、親に捨てられたこと等々を語って聞かせた。途中から女の子が泣きだすと、泣き止むまで平手で頬を叩いた。見ていられなかった。何の抵抗も出来ない女の子の頬が真っ赤に腫れてゆく。本心では止めたかった。けれど雛子の激情の恐ろしさを知っている俺は、ただ顔を背けるしか出来なかった。
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