片桐雛子という女

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乱暴の時間が過ぎ去った後、女の子は戻れない事実を悟ったのか、やけに大人しくなった。そして、彼女の名前が決まった。 「あんたの名前は片桐()()。こういう字を書くのよ。よく覚えておきなさい」 雛子はまた紙に名前を書き、茉優と名づけられた女の子に見せた。 「二人きりの兄妹ですもの、同じ字を使うのよ。私たちは家族になったの。茉也も同じように親に捨てられたところを拾ってあげた。でもね、別に感謝しろって言ってるわけじゃないのよ。あんたたち二人が仲良く暮らすことが大事なの。だって子供は天使なんだから。笑顔を見せてくれたら、私も幸せを感じる。そうやって慎ましく生きていくの。ねえ、茉也、茉優」 思いのほか、茉優が受け入れるのは早かった。よほど乱暴が効いたのだろうか、雛子に対して反論することもなく、強張りながらも柔らかそうな笑顔を見せた。 この子もきっと、家庭の事情が良くないんだ。雛子の話に自ら辻褄を合わせようとしている。これまでつらい思いもしてきたのだろう。そして今、怖い思いでいっぱいなのだろう。だから俺が守らなくちゃ。俺が茉優を守ってあげなくちゃ、と思った。 ぎゅっと拳を握ると、手のひらの真ん中にほわっと温かいものを感じた。あのときはそれを何と表現したら良いか分からなかったが、今ならはっきりと分かる。勇気だ。 いつの日か、この籠を抜け出せる日まで、そしてその先も、命の(はて)に至るまで茉優を守り抜く──兄として、同じ境遇にある者として──俺は、雛子一人も倒せない弱者だったが、強い思いを胸に宿していた。
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