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一喜一憂
少し先の季節の服を着て、カメラの前でシャッター音の度にポーズをとる。
今日は都内某所のスタジオで行われている、メンズファッション誌“M's mode”の撮影に参加している。とは言え希色は、専属モデルである事務所の先輩、日比谷翠のいわゆるバーターだ。おこぼれをもらっているに過ぎず、誌面に載れても基本的に小さいカットだ。それでも希色は一切手を抜かず、真剣にレンズに向き合う。
「KEYくん、こっち見て。いいね。じゃあ今度は、そのまま視線外してみて。そう、その感じ」
カメラマンの言葉を嬉しく思いながらも、ここで満足してはいけないと背筋を伸ばす。
もっとたくさんのことを学びたい。翠からも、翠以外のモデルたちからも、現場の雰囲気からだって吸収するものは山ほどある。
オーケーをもらいスタジオ隅の控え場所へ戻ると、翠が手を上げてハイタッチを求めてきた。それに手を重ね、翠の隣の椅子へ腰を下ろす。
「希色、なんか最近めっちゃいい感じじゃない?」
「え、そうかな」
「そうだよ。なんつうの、今までより楽しそう。なんかいいことでもあった?」
「えー……うん、あった」
「マジ? なになに」
瞳の中を覗きこむように、翠が顔をぐっと寄せてくる。全国的人気モデルの整った顔を至近距離で浴びせられ、希色はつい「うわ」と変な声が出た。
日比谷翠、22歳。身長は175㎝の希色より10㎝も高く、185㎝。スタイル抜群。ここ最近の髪色はずっと緑、まつ毛の長い目は切れ長で、黙っていると恐ろしく感じるほどに美しい。それでいて気さくで、希色のことを弟のように可愛がってくれている。
初めて出逢った日、翠は希色を見るなり「いい子が入ったじゃん!」と歓迎してくれた。それから「敬語はやめて、日比谷さんなんてイヤだ翠くんって呼んで!」とぐいぐい距離を詰められた。
スカウトされて、事務所の早川モデルエージェンシーを信用できたのも、右も左も分からなかったのになんとかやってこれているのも。翠の存在あってのことだ。
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