一喜一憂

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 髪のセットなどはそのままに私服に着替え、まだ残っている雑誌社のスタッフたちに挨拶をし、日曜日で人の多い外へと出る。少し悩んで、意を決しコーヒーショップのあるほうへと歩き出す。  五月ももう下旬だが、ショップへ行くのは二年生に進級して以来、今日が初めてだ。四月からこっち、仕事で褒められたことがなかったわけではないのだけれど。  推しの店員が同級生だと発覚し、しかも友人になった。とは言え桃真は、クラスメイトの望月希色の顔を見たことは一度もない。だから、日頃の自分と客の自分が同一人物だと桃真は知らない、そう分かっているのだが。ショップに顔を出すのはどこか憚られるものがあった。  だが今日は、そうも言っていられなかった。翠にコーヒーを飲むかと聞かれた時断ったのは、コーヒーをどうせ飲むのなら、あのショップのブレンドがいいと思ったからだ。それになにより、店員姿の桃真を見たくてたまらない。もう限界だった。    店の10メートルほど手前で、希色は一旦立ち止まる。どうか桃真が出勤していますように、と願いながら中の様子を窺うと、レジにその姿を発見できた。つい顔が緩むのを感じつつ、深呼吸をひとつしてゆっくりと店内へ入る。 「いらっしゃいませ」  すぐに、レジを担当している桃真と目が合った。今や桃真は友人とは言え、推しは推しだ。そもそも顔が見える状態の今の自分と桃真は、友人ではないのだし。このショップで会えることは、やはり特別だ。  もちろん「希色」と声をかけられることもない。分かっていたことではあるが、気づかれていないのだと安堵する。だがすぐに、桃真の様子に違和感を覚える。いつものように微笑んでくれることもなく、目を逸らされてしまった。緊張しているかのような、強張った様子が伝わってくる。  注文の待機列に並びながら、希色はぐるぐると考えこむ。知らずの内に何かしでかして、嫌われてしまっただろうか。だがここに来るのは久しぶりで、何かなんてしようもないはずだ。  そこまで考えて、ふとひとつの可能性に思い至り、希色は慌ててスマートフォンを起動する。開くのは翠のインスタアカウントだ。そこには、先ほど撮った希色とのツーショットがアップされている。投稿されたのは一時間弱前。すでにコメントも多くついていて、“KEYくんと本当に仲が良いね”だとか、翠と自分の距離の近さを喜ぶようなものが多い。それは以前からで、特に何を思うこともなかったのだが。  翠のファンである桃真が、面白くないと感じていても不思議ではない。自分がモデルのKEYだと認識されているのかすら定かではなかったが、先ほどの桃真の様子に照らし合わせれば頷けるものがある。  翠と仲良くしている自分とは、会いたくなかったのではないだろうか。 「お待たせしました。お次の方、こちらへどうぞ」 「あ……」
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