推しはクラスメイト?

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 翠も希色も、活動の場は主に男性向けファッション雑誌だ。だが女子たちほど、男子の間でファッションの話題が上がっているところは耳にしない。そういった話が桃真とできるなんてと、つい高揚してしまう。 「希色は? ファンなの?」 「うん。なんていうか、尊敬してる。かっこいいなって」 「へえ……そうなんだ」  翠のことをそう伝えると、桃真は静かに口角を上げた。共通の話題に、希色は饒舌になる。 「写真集もすごくよかったよね。室内の自然体のもいいし、オレは街中でのスナップ風のがいちばん好きかな」 「そっか」 「え、っと、桃真は? どのページがお気に入り?」 「んー……表紙? とか?」 「うわ、分かる。やっぱり表紙に選ばれるだけあって、あのカットすごくいいよね! ……って、うわ、ごめん喋りすぎた」  ひとしきり語ったところで、希色はふと我に返る。  高校で誰かとこんなに話したのは、初めてのことだ。夢中になってしまった自分を思い返すのも嫌なほど、自己嫌悪に苛まれる。気まずさに視線を床へ逃がし、どうしたものかと考えていると、 「なんで謝んの?」  と、心から不思議そうな声がつむじにぶつかった。 「それは……ひとりでバーッと喋っちゃったし。うるさかったかなって」 「全然。希色が楽しそうで、俺も楽しかったけど」 「…………」  やさしい言葉に恐る恐る顔を上げると、言葉通りにやわらかい表情の桃真がそこにはいた。まるで、コーヒーショップに入店して、カウンター内に彼の姿を探して、目が合った瞬間みたいだ。受け入れられている、と感じてしまう。  ぼうっと目の前の推しを眺めていると、大きな手が差し出された。改めて、握手を求められているようだ。 「なあ、希色」 「……はい」 「はは、また敬語に戻ってる。あのさ、俺、希色の友だちになれるかな」 「え……」 「友だちになりたい。だめ?」 「だ、だめじゃない! でも……」  オレなんか、だとか、卑屈な言葉が一気に腹の底から湧き上がる。けれど希色は、それらを喉の奥でグッと押し留めた。  高校では誰とも会話を交わすことなく、一年間を過ごしてきた。なにも問題はなかった。それなのに、桃真にこんな風に言ってもらえて喜んでいる自分に気づく。  この手を取ってもいいのだろうか。視線を上げると、桃真は微笑んで更に手を差し出してくる。 「え、っと……こちらこそ、お願いします」  おずおずと手を重ねるとぎゅっと握り返され、はしゃぐようにぶんぶんと振られた。 「やった。でもマジで敬語ナシ。な?」 「……うん、分かった」 「はは、よろしく」  頬が熱くなるのが自分で分かる。髪で隠しているから見られはしないのだと思うと、助かったような心地がした。  まだ持ったままだったペンを返し、桃真の提案で連絡先を交換する。新しく誰かと繋がるのはずいぶん久しぶりのことだ。スマートフォンを触っている桃真をこっそり見つめながら、まだ信じられないな、なんて希色は思う。  年上だと思っていた憧れの推しがまさかの同級生で、友だちになれるだなんて。想像したことすらなかった。これからも仕事が上手くいった日にコーヒーを飲みに行って、そこでひと言ふた言交わすだけ。それがささやかな幸せで、大事にしていくのだと思っていたから。  だが欲張りなものだ。翠のファンだと知って嬉しかったのに、オレのことは――KEYのことは推してくれないのかな、なんて考えてしまった。まだまだ無名なのだ、そもそもKEYの存在すら知られていなくても無理はない。コーヒーショップに現れる自分は桃真にとって、きっとその他大勢のひとりに過ぎないだろう。それなのに。  憧れた人が、自分の推しが、ファンになるほど男性モデルに関心があるのなら。自分もその視界に映って推されてみたいな、なんて欲がたしかに生まれてしまった。写真集を購入するほどの翠に敵うことはなくたって、せめて知ってほしい、と。 「希色? 聞いてる?」 「……あ、ごめん。全然聞いてなかった。なに?」 「この後体育館に集合だって。行こうぜ」 「うん」  そのためには、もっと仕事を頑張るしかない。正体を明かすことは絶対にできないけれど、KEYの存在を桃真に知ってもらえたら、きっと大きな力になる。  ちいさく芽生えた悔しさをモチベーションに変えようと、希色はそっと決意をした。
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