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「ちょっと、その本見せてくれるかな」
お節介にも、僕は二人の間に割り込んだ。
僕は男の子から本を受け取った。ぱらぱらとページを繰ってゆく。
本当だ、途中から明智小五郎が登場してこない。名探偵に頼れない警察は怪人二十面相に翻弄された挙句、最後には取り逃がすのだ。
「君の言うとおりだ。明智探偵が途中からいなくなっている。この本はおかしいよ」
そう言って本を店員に渡すと、彼は疑わしそうな顔をしてページをめくり始めた。
店員が、「おかしいなあ」と独り言を言いながら本を検めているとき、書店の入口に有理の姿を認めた僕は、その場を離れた。
「ちょっと面白い話があるんだけど」
僕は今日体験した奇妙な出来事を、友理に聞いてもらおうと思った。彼女ならどう考えるだろうか。
「へえ、どんな話?」
有理は好奇の表情を浮かべる。
「うん、面白い話。コーヒーでも飲みに行こうか。課題図書は後で選ぶとして」
有理が頷いたので、僕たちは商業ビルの中にある全国チェーンの喫茶店へと足を向けた。
「こんなことがあったんだけど……」
コーヒーを一口飲むと、僕はマラソン大会で見た変な男のことを話した。
「ちょっと待って」と言って、友理はスマホの画面を指でなぞり、
「これ見て」
僕の前にスマホを突き出した。
マラソン大会のニュース映像だった。襤褸を纏った男が顔を歪めて走っている。僕が見たあの男だ。男がオリンピックの日本代表選手に内定した、とアナウンサーが伝えていた。
僕は書店の出来事も話した。
『怪人二十面相』の明智探偵が途中で消えてしまった、と主張する少年のことを話すと、友理は驚いた顔をして
「へえ、よく似たことがあるものね。昨日、図書室で貸出係をしてたんだけど、本の苦情を言って来た人がいたの。その人、太宰治の『走れメロス』を借りたんだけど、途中からメロスが出て来なくなった、と言うんだ」
「さっきの僕の話と似てるな」
「でしょ。それで、本を調べてみると、確かにメロスが途中で消えてしまって、親友のセリヌンティウスは殺されてしまうの」
メロスか……。そういえば、マラソン大会で見た男は、何だかメロスのイメージだったけどな。
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