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駅前の沿道に小旗を持った人群れができている。オリンピック出場選手の選考を兼ねたマラソン大会が行われているのだ。
ちょっと見てみようと、僕は人垣の裂け目に体を滑り込ませた。
車道を眺めると、向こうから走って来るランナー集団があった。どうやら先頭集団のようだ。周りの人たちが一斉に小旗を振りだす。
先頭集団が近づいて来る。僕の周りで小旗が一段と激しく振られた。けれど、集団が間近に迫って来たとき、僕の周りの人たちは小旗を振る手を止めた。あっけに取られて集団のトップを走る男を見ている。ぼろ雑巾のような服を身に纏った男が、苦しそうに顔を歪めて走っているのだ。僕の前を通り過ぎるとき、男が「まだ陽は沈まぬ」と呻いたのを聞いた。
何者だったんだろう、あの男は。ゼッケンも付けずに、変な格好をしていたけれど。大会の主催者が、イベントに注目してもらうために、男に奇妙な扮装をさせて走らせたんだろうが、あまり良い企画だとは思えないな。
そんなことを考えながら、駅前の商業ビルに入った。そこの三階にある書店が、有理との待ち合わせ場所だった。
有理は高校のクラスメートだ。そして僕の彼女だ。と言いたいけれど、残念ながら彼女は僕のことをただの幼馴染だと考えている。
今日は、読書感想文の課題図書を選ぶのに付き合ってもらったのだ。何しろ彼女は大の本好きで、学校では図書委員なんてやっているんだから。
「この本おかしいよ」
待ち合わせまでに時間があったので、映画雑誌を見ていると、近くで声がした。ひょいと顔を上げてみれば、目線の先に中学生ぐらいの男の子がいた。江戸川乱歩作『怪人二十面相』の本を店員に差し出している。
二十面相か……。中学生の時に夢中で読んだことがある。名探偵明智小五郎と変装の名人怪人二十面相の知恵比べ、それに少年探偵団の活躍にワクワクしたものだ。
「明智探偵が途中から出てこないじゃないか。だから、二十面相にダイアモンドも貴重な美術品も持って行かれて終わってしまった。つまらなかったなあ」
男の子は口を尖らせる。
「はあ、そうですか」
店員は困惑したような顔をしている。
僕の記憶では、明智探偵の計略によって、最後に二十面相は捕まるんだけど。これは気になるな。
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