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その足で、新宿駅から電車に乗った。
何も考えていないのに、足が勝手に向かっている感じだった。
偶然、一昨日と同じ時間にY町に着いた。
そのまま、以前潤から聞いていた話を頼りに、彼の実家へ向かった。
そこは、おむすび山にほど近くの豪農だった。
『村川』
と掲げられた表札の門をくぐり、奥の玄関でインターフォンを鳴らす。
遠くで「はい」という声がして、足音が近づき、ガラガラと引き戸が開く。
中から、喪服を着た若い女性が顔を出した。
「あの、私、村川潤さんの会社の同期の、立花美代と申します」
「あっ……」
目が微かに開く。
(潤くんに似てる)
と感じながら、
「すみません。突然押し掛けてしまって……」
「いえいえ。よろしければ、中へ」
彼女が招き入れてくれた。
居間で待っていると、
「よく、来て下さいましたね」
崩れそうな笑みを浮かべながら、お茶と菓子を出してくれた。そして、
「改めて。私、潤の姉です。わざわざありがとうございます」
深々と頭を下げた。
美代も、畳に両手を付いて頭を下げ、
「このたびは、ご愁傷様です。それに、何も持たずに、こんな恰好のまま伺ってしまって、申し訳ありません」
少しだけ冷静さを取り戻していた美代は、非礼を詫びた。とてもそこまで気が回らなかったから。
姉は、潤んだ瞳に優しい笑みを浮かべながら、
「いえいえ。お気になさらないで。来て下さっただけで嬉しいのですから」
と言ってくれた。続けて、
「今夜が、お通夜なんです」
そう言って、窓の外に目を向けた。
他に家族の人はいない。皆、会場となるセレモニーホールに行っているのだと姉は言ってから、美代に視線を戻し、
「美代さんのこと、潤からよく聞いていました」
「……そうなんですか?」
姉は穏やかに頷いて、
「今度、美代さんと、おむすび山に行くんだって、楽しみにしてたんですよ。なのに、あの朝……」
姉の目から、涙が落ちる。
それから美代は、一昨日の事を話した。
初めは驚いて聞いていた姉だったが、
「やっぱり、そうでしたか」
と、窓の方を見て、
「あの夜。潤が帰って来たような気がしたんです」
「え?」
「みんなに会えた。これで旅立てるよ……っていう声が聞こえたような気がして……」
姉は窓辺に行き、空を見上げた。
美代も姉の隣に立ち、一緒に空に視線を向けた。
しばらく、静かにそうしていた。その後で、美代が、
「また、会いに来ていいですか?」
「はい。おむすび山で待ってると思いますから」
姉はそう言って、目を細めた。
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