夜明けの瞳

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「安心していると眠気が来やすいですね」といつか医者が言った。その時は「確かにそうかも」と思った。 でも、果たして本当にそうだろうか。 本当に安心している時に眠気が来るのなら、イコール俺は奴のそばで安心しているということになる。 なら絶対違う。多分安心しているとかじゃなくて、たまたまいい匂いがするからとか、相手にしてて疲れて眠くなるとか、何かそういう…。とにかく認めたくない事実だ。絶対違う。断じて違う。 もしや眠くなるってのも、願望を映し出した俺の気のせいでは…? 幾度となく訪れる眠れない夜に飽き飽きしていた俺は最早あんなヘンタイにまで希望を見出そうとしているのか…。まあ疲れているのもしょうがない。だって寝たいんだ。疲れた身体をふかふかの布団に放り出して、意識も一緒に手放して、朝になったら忘れてしまうとしても、夢の世界に浸っていたい。というかシンプルに不眠しんどい。 そんでも添い寝は勘弁だけど。というか冗談だろうけど。 「え、冗談なわけないじゃん」 「はあ?」 今日も今日とて性懲りもなく店にやってきた彼にあっけらかんと返されて一瞬固まってしまった。というか仕事はどうしたこいつ。 …じゃなくて。 「添い寝とか冗談はやめてくれ」って言ったんだった。そうしたらこの返事。真顔なので一瞬騙されそうになったが、これもまた冗談の一種なんだろうな。本当タチの悪い…。 「で?ご注文は?アイスコーヒーと季節のケーキセットとビーフシチューでよろしいですか」 「ことごとく高いやつ並べてくんね?別に全然いいけど、アイスコーヒーだけミルクティーに変えてくださぁい」 「ご一緒にパスタセットもいかがでしょうかぁ」 「ご一緒に勧める量おかしいね?まぁあっくんのためなら全然食えるけどね」 「あっくん呼ぶなっつってんだろが。ではそれも追加で。パスタは本日のおすすめにしておきますね」 「全然いーよ。つうかここがホストクラブならシャンパンタワー建てるわ」 「喫茶店だわ食ったら帰れ」 「店長が客に取る態度じゃなぁい」 るっさい。 ここがホストクラブなら確実にナンバーワンはお前だろ。俺はせいぜい裏方で、キッチンでも担当してたい。ホストクラブにキッチンあるのか知らんけど。 というか冷静に考えたら、奴が頼むメニューの量が多ければ多いほど、奴のこの店の滞在時間が増えることになる。一緒に勧めたパスタセットも一番値段が高いやつにしておいたけど、勧めるんじゃなかったかな。まぁ美味しいことは確かなのでお勧めではあるんだけど。 そうしてたっぷり二時間はゆっくりゆったり多くの量を平らげた変人は、渋々といった様子で会計にきた。毎回思うんだが美容師の仕事は大丈夫なのか。 そして他にも不思議なことといえば。 何故だか他にも人がいる時であっても、こいつの会計は俺に任されるのである。なんで。 こういう時の店内のスタッフや常連客さんたちのチームワークは一体何なのか。 にこにこと気味の悪い顔でカードを取り出す男を見つめながら思う。 …まさか皆こいつの味方なのか?この変人が俺のこと揶揄うのを、皆応援してるのか…? 「そうだあっくん」 「あきら、だ。あっくん呼ぶな」 「ねぇ、あきら」 「は?名前で呼ぶな」 「横暴ー」 マジで本当に馴れ馴れしいな。こいつは初めて来た時からそうだった。いくら小さな喫茶店の店主とはいえ、つられて俺の態度も悪くなっているのは全部こいつのせいってことでいいだろう。じいちゃんも許してくれてると思う。多分。 さて、支払いは済んだんだからさっさと帰れの気持ちで軽くお辞儀をする。 「ありがとうございましたー」 さぁほら、さっさと帰れ。と、思っていたら。 「待って、このあとウチ来ない?」 「………は?」 顔を上げて見上げると、やたらきらきらとしたグラデーションがじっと俺を見つめながらそう言った。
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