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手を引かれるまま飛び込んだ部屋は暗い。それで、この部屋がお化け屋敷の部屋だと思い至った。教室の外からは「やっぱり榑松零士がいたって!」といった声が右から左から流れていき、パニックのようだった。幸い、受付の生徒は僕の正体に気づかなかったらしい。
少しずつ暗闇に目が慣れてくる。これからどうするにせよ、まずはお化け屋敷を抜けなければいけない、のだけど。
「……美雨、こういうの苦手じゃなかった?」
僕の記憶の中の美雨は大の付くほど怖がりだった。高校生になって改善したのだろうか。
「しょ、しょうがないじゃん。とにかく人目につかないところに隠れなきゃって思ったし」
その震えた声は、僕の記憶の中の美雨と同じだった。
「とりあえず、出口に向かわないとね。よかったら」
手を差し出してみると、暗くて表情はよく見えなかったけど、遠慮がちに美雨の手が重なる。まだ美雨が小さかった頃、辺りが暗くなるとこうやって帰っていたことを思い出して、場違いに懐かしくなる。
恐る恐る歩を進める美雨に合わせて、ゆっくりとお化け屋敷の中を進む。
「だいたい、レイ兄がいけないんだからね! 突然不審者みたいな恰好でやってくるし、かと思ったら突然素顔さらしちゃうし」
「ごめん。美雨から送られてきた写真見たら、どうしても直接見たくて」
半月ほど前、美雨からSNSで送られてきたのはメイド服を来た自撮り写真だった。SNSではよく連絡を取り合っていたけど直接会ったのはずいぶん前で、懐かしさもあってか写真じゃ我慢できなくなった。
「別に、レイ兄だったら文化祭じゃな――きゃっ!?」
顔にぬるりという感触。一度番宣のために出たバラエティ番組でも似たような感じを味わった。多分、キンキンに冷えたこんにゃくだ。タネを知っていればなんてことないけど、美雨を驚かせるには十分だったようで、控えめに握られていた手の力が強くなる。
文化祭のお化け屋敷としては仕掛けも構成も凝った作りになっていた。つまり、それだけ教室内にパニック寸前の美雨の悲鳴が響き渡ることになったわけだけど。それでもゴールまで乗り切ると先に教室を出て周囲の様子をうかがう。
「とりあえず大丈夫そう……でも、今日のレイ兄の服装晒されちゃってるんだよなあ」
クラシカルなメイド服で素早くスマホを手繰る様子はなんだかユニークだったけど、微笑ましく見てもいられない。メイド喫茶にいた誰かがSNSに写真をアップしたのかもしれない。服装がばれてるなら、今からサングラスやマスクで顔を隠したところでばれる可能性は高い。
もう少し文化祭をめぐりたい気持ちはあったけど、もしまたパニックが起これば美雨に迷惑をかけるかもしれない。残念だけど、目的は果たしたしこれで退散するしか――
「あ、そうだ」
何かを思いついたように顔をあげた美雨は、繋いだままの手をグイっと引いて廊下に飛び出し、素早く隣の教室に飛び込んだ。
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