恋うた青は黒へと変わり

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 青々とした豊かな長い髪。  はじめて会った時の第一印象は、それだった。  時は文明開化をして数年経った明治の御世。西洋の技術を学びつつ、何とか自国の技術とせんと、官民共に技術者は頭を悩ませつつ上からの号令に頭を悩ませているご時世。  若い青年たちは、散切り頭にワイシャツやスラックスなどを着こなす者もいれば、相も変わらず着物を着る者、未来では書生スタイルなどと呼ばれるような和洋折衷の袴にワイシャツの上に羽織りなんて輩もいるらしい。  徳川の世の頃には考えられなかった様々なファッションに身を包み、夢を抱いて勉学や仕事に励むものが都会には多いようだ。  若い乙女たちは、女学校に通うような人なら公式の場では、ドレス。学校では着物や袴姿。時折出てき始めている職業婦人は、ワンピースなんとかを身につけているらしい。  まあ、田舎に行けばまだまだ徳川時代の名残が見られるようだが、おおよそ都会や外国人が集う港町なんかは、過去とは大違いの装いらしい。  なぜそんな装いの話をするのか。  それは、目の前の女性の変わり様に一人いささか悲しく思っているからだ。 「御機嫌よう。今日は大学の方は?」 「御機嫌よう。今日は先生の都合で早く終わったんですよ」  ニコリと余所行きの顔で、笑めば彼女は鼻白んだ顔でこちらを睨むように見つめている。  ああ、あのはじめて会った時の公家の姫君の如き、滑らかな黒髪は今や見る影もなく、彼女の勝気な瞳を映したかのような短い髪に成り果てた。  周囲の者も泣いて怒って阿鼻叫喚の有様で反対したらしいのだが、殿方の真似をしましたと涼しい顔で言ってのけたそうだ。  本来なら女子は髪を切ることは許されていないというのに、彼女に甘い父親が法を曲げさせたと言う噂が真実のように、堂々としている。 「あら、何かしら。兄なら仕事から帰っていないわよ。·····それとも、相変わらずこの髪に文句でも?」  彼女の長い黒髪の美しさを思い出させるように、黒真珠のような瞳が挑発的に瞬いている。 「·····ええ、そうですね。僕の貴女の中で一等好きだった部分を何も教えてくれずに切ったのですから」 「フフ!だからよ。私は人を見た目で好く男なんかと添い遂げるつもりはありませんからね」  この関係は僕と彼女の意思ではどうしようも無い政略結婚だ。僕の家からは、家柄を。彼女の家からは、財を。  立場で言えば彼女の方がある意味上だ。我が家は家柄と言っても華族の末席であり、大学へ行けたのは彼女の父親の援助があったからだ。  だから、僕という存在を彼女たちが不要と考えれば捨てられるのはこちらだ。なのに、彼女はあえて僕を試すような真似をする。 「僕は貴女の長い髪もいつかはまた見たいと思っていますよ。けれど、貴女の瞳の黒い炎はずっと消えていない」  彼女に近づき、咄嗟に身構えた彼女の両の瞼に口付けた。 「貴女のこの瞳にある世界への恨みの色が消えない限り、僕はついて行きますよ」  だって、貴女はこの明治政府になってから作られた家族制度が大嫌いですよね?と笑いつつ、驚いて見開いた彼女の瞳を見つめ返す。 「僕は貴女がどこかに黒を纏っていればそれでいい。貴女に相応しいその黒を、ね」  彼女は見開いていた眼を何度か瞬いたあと、表情を柔らかくし、そのまま大声で笑った。かつてこれ程楽しい、という感情を僕の目の前で表現したことがない。 「アハハハ!なんだ、お見通しでしたの。ええそうです。私は男だからと傲慢な父や男だからと学問も仕事もできる兄が嫌いなんですの」 「そうでしょうね。貴女は聡明な人だ。だから、海を越えて自由になりたいし男のように振る舞いたい·····そんなところも魅力的だと感じます」 「あら?本当かしら?もし、私が貴方に海外留学をして、私をこの国の外へ連れて行って、と我儘を行っても叶えたいくらいかしら?」  それとも、お金に跪いているのかしら?などととぼけたように告げる釣れない態度に、かつての青々とした美しさは去り、ここにはただ世間の荒波を垣間見て自分の立場に絶望をしている黒が残っているのだと感じた。
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