尻歩きする人 ―― shiriaruki-ller ――

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 「はくあいホーム珠野」の立ち入り調査は、施設長・小野愛歌の意向もあり、表向きはボランティアという形で行われた。  図書館職員の一希が紙芝居で入居者を引きつける間に、義実はバックヤードで資料を借り、純子は職員に聞き取りを行う。  義実が借りた資料の中に、亡くなった陣野二郎の情報も入っていた。  陣野二郎、享年満90、東京出身。  幼少期の怪我が原因で右手が動きづらく、左手を利き手にしていた。  独身、兄弟の有無不明。  職を転々とし、40年前に珠野市に引っ越す。  30年前に東京に戻るが、15年前に再び珠野市に引っ越す。スーパーの駐車場で転んで入院。大腿骨頸部骨折とアルツハイマー型認知症を認め、車椅子生活となる。気難しい性格で、介護施設を転々としていた。  職員の手の骨を折るなど過度な暴力行為や車椅子からも自ら滑落する様子があり、畳のスペースで自由に尻歩きをしてもらっていた。  死因は、老衰による心不全。  義実には陣野の人生が虚しく感じてしまった。  認知症や精神疾患のある人が起こした傷害沙汰は、本人に責任能力無しと判断されて刑罰の対象にならないことがある。  陣野が亡くなった後も、まるで陣野がやったかのように怪我をする人が出ている。それも、誰がやったかわからない。
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