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夕食の支度
不意に、端に置かれた黒電話が鳴り出す。
「うち、取るー。」
扶美子は一番近いわけでもないのに、役目を買って出る。台所が狭すぎて、大人がふたりすれ違うのも大変なのに。
「はい、堺でございます。あ、お父さん。はい、はい。わかりましたあ。」
扶美子は電話を切ると、
「お父さん、あと五分で帰るって。」
と厨のふたりに伝えた。
「五分?!」
百合子は目をむく。
「そんなん言われても。なんでお父さんは近頃ぎりぎりなん?」
「お父さん、最近、車買い換えはったさかい、あっちこっち見せびらかしたいのと違う? お店廻って、最後に掛けてきはるんやわ。きっとコロンビアからやで。」
母が言う。
「なにそれ。また車買うたん?! いつ?」
百合子が言うと
「三日前。うち、見たわ。黒塗りでぴっかぴかのやつ。」
と扶美子が口をはさむ。
「お父さんがご自分で稼いだお金で、買うた車です。」
と母はきっぱり言った。
百合子は、また自分だけ知らなかったことがある、と不満だった。見せびらかしたいなら、家族に見せびらかしたらええのに。
「そんなん、経費で落としはるに決まってるやん。」
扶美子はごはんをおひつに移しながら、けたけたと笑う。
「ええやんか。どうせお父さんの会社やねんから。なにがあかんの。」
母は、いつも父の肩をもつ。
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