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【二○一三年 十月】
「玲那さん、俺はあなたの努力家な一面に何度も心を奪われていました。この人になら身も心も何もかも捧げたいと思ってしまったんです。ですからどうか、俺に…あなたを守らせてはくれませんか?」
東京の六本木近くに聳え立つ夜景が煌めく摩天楼の最上階で
外資系のスーツ姿で床に膝を着いた彼は
ひらひらとしたワンピース姿でベッドに腰掛ける私の前に、漆黒の箱に入った指輪を見せてきて、決死の表情でそう告げてきた。
彼の名は天宮一颯
5年前、私の働く会社に先代社長の跡取り息子としてコネ入社で就任してき、中学生時代の同級生である双子兄弟の弟さんの方だ。
久方ぶりの再開に胸が踊った。
同部署で働く私は彼の教育係を任されたわけだが、彼は仕事を覚えるのがとても早く、よく助けられていた。
昼食を摂るときも一緒になることが多かったが、やはりイケメンでエリートな彼と仕事が出来るだけの社畜のような私では傍から見ても不相応だった
それぐらい嫌でも理解出来てしまった。
それから部下の女の子の私への態度があからさまに悪くなり、仕事を押し付けてくることも多々あって残業をすることが増えていたが、そんなときも彼はわざわざ一緒に残って仕事を手伝ってくれたのだ。
『その、一颯くん?これぐらいすぐ終わるからわざわざ残って手伝ってもらわなくても…っ』
私が申し訳なくそう言うと彼は言った。
「俺は…部下も上司も同僚も、支え合って心地よく仕事をするためにいると思うんです。…だから、玲那さんが背負わなくていい仕事までしているのをじっと見てる暇があるなら、少しでも力になりたいので」
堂々としていて、暖かいその言葉に胸を打たれた。
下の名前で呼ばれたのは中学生以来か、
その瞬間、少しだけ心が軽くなった気がした。
でもそんなある日の夜、一颯くんに外食に誘われ、その帰りに交際を申し込まれた。
正直嬉しかった、けれど素直にOKはできなかった。
私のような普通の人と付き合ったと会社に知られれば後ろ指を刺されるという考えが頭を過ってしまった。
私だけでなく、彼まで他の社員から白い目で見られてしまう可能性を恐れ、ごめんなさいとだけ言ってその場から逃げるように走り去った。
ただ、その会話を聞かれていたのかどうなのかは分からないが
その翌日会社に行くと、部下の女の子に
『玲那さんったら、一颯くんに〝私と付き合え〟って脅したんですよねー?さすがにきもくないですか』と鼻で笑われ、責められた。
でもそんなとき、彼は私を庇うように私と彼女の間に割って入ってきて
『仕事を押し付けておきながら、そんな酷い言葉で彼女を責めるなど言語道断、立派なパワハラになりますよ。……それに、交際を迫って彼女を困らせたのは私の方です』
他の社員にも筒抜けだというのに、恥も外聞もなくそう言い放つ彼に、思わず泣いてしまいそうなほど心を奪われたのを覚えている。
────そんな彼に今、プロポーズをされているのだから、無理もない。
気付くと生暖かい涙が私の頬を伝っていた。
しかし彼はそれをも指先で拭って、笑顔にさせてくれる。
私はそんな彼を見つめ返しながら、やっぱりこの人を選んでよかったなと再認識し、一言返事で答えた。
「はい、喜んで…っ」
そう答えると彼はホッと胸を撫で下ろして、緊張が解けたように言葉を漏らした。
「は~~~~っ…よ、よかった……断られたらどうしようかと思って、めっちゃドキドキしてたんだ…」
そんなことを言いながら、手で口を押える彼だが、赤く染まったその表情は隠しきれていなくて、思わずクスッと笑ってしまった。
「え、お、俺なんか変なこと言った…?」
彼の返しに、恋人になったときと反応が似てるなぁって思って、とだけ言ってまたフフっと笑を零すと
「あのときは、とにかく必死だったんだ…」
純粋でいて濃艶なその瞳に、あの頃のことが懐かしくなる。
確かあれは丁度、社会人2年目にして彼と一緒にプロジェクトに関わることになった冬のこと────。
とある商社のプロジェクトチームのメンバーとして抜擢された私は、そのチームの統括者である天宮一颯と一緒に仕事をするようになっていた。
そのため二人で会う機会も必然的に多くなり、初めは優秀すぎて遠い存在に感じていたが、次第に彼のユーモアさや気遣いに気付き始めた。
元々私は北海道に住んでおり、上京と共に東京に引っ越してきたわけで仕事面以外でも不安はあった。
でもそんなときに彼が、休日にわざわざ時間を割いてオススメの喫茶店や、時間が無いときにでも空いている飲食店など、行きつけの猫カフェなんかも教えてくれたのだ。
猫カフェに一緒に行った際、彼は慣れたように
「あっいたいた、この子だよ」と言って、ソファに体を丸めてソファに沈んでいる子猫の顎に指を滑り込ます。
すると子猫は大きな欠伸をするように口を開けたかと思うと、ゴロンっと仰向けに寝転んで、彼の手を受け入れるようにお腹を見せていた。
彼の横顔はとても穏やかで、吸い込まれそうになるほど見蕩れてしまったのをよく覚えている。
いつしか、私はそんな彼に惹かれるようになっていたんだろう。
それを皮切りに交際が始まり、今の関係に至る。
「私、いますごく浮かれてる…本当に、ありがとう。愛してる…」
彼はその言葉を聞くと、箱から指輪を取り出して私の左手の薬指に嵌めてくれた。
私はその幸せに涙を零した。
彼はそんな私を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「俺こそ愛してるよ、玲那ちゃん」
その言葉で再び涙が頬を伝ったが、それは喜びからくる嬉し涙だった。
それを見兼ねたのか、彼は私を抱き寄せたままキスをしてくる。
そんな彼の温もりを、鼓動を、その身に深く刻みたいと思う一心で、私もそれに応えるように彼の首に腕を回し、その愛を享受した。
ベッドが軋み、いつの間にか彼に組み敷かれている状況ができ上がる。
「玲那……」
名前を呼ばれると、互いの息遣いが重なるほど彼の顔が近付く。
期待で体を疼かせると、彼は焦らすように、私の首に顔を近付ける。
そして首筋を舐めるように這わせていき、警戒心の強いハムスターのように首元を甘噛みしてくる。
思わず声が漏れてしまい、慌てて口を抑えると彼はどこか安堵したように私を見上げたあと、意地悪そうに笑った。
「我慢しないで」
そう言うと今度は鎖骨の辺りに吸い付いてくる。
その刺激に体が跳ね上がりそうになるが、彼に押さえつけられているため身動きが取れず快感だけが募っていく。
そうして私たちは愛を確かめ合うように性交に没入した。
やがて彼の唇が胸元へと降りてきて、服の上から私の胸の形を確認するように触れてくる。
「……っ」
直接触れてこないもどかしい刺激に耐えられず身を捩ると、今度はブラを上にたくし上げられて乳房が露わとなる。
彼はそのまま顔を近付けて先端を口に含み、飴玉のように転がすように舐め回してくる。
「あっ……ん……」
その甘い快楽に声を漏らすと彼は嬉しそうに笑ってさらに激しく責め立ててきた。
そしてもう片方の胸にも手を伸ばし、同じように愛撫してくる。
やがてその行為は激しさを増していき、彼は私の胸に吸い付きながらスカートの中に手を入れてきた。
そして下着の上から秘部に触れられる感覚があり、私は恥ずかしさで顔を背ける。
すると彼はそんな私に追い打ちをかけるように、下着の中に手を侵入させてきて直接愛撫を始める。
そこはもう既に湿っており、彼はそれを確認した後、ゆっくりと膣内へ指を入れてきた。
最初は一本だけだったが徐々に本数が増えていき、やがて三本の指で中を解すように動かされる。
その刺激に体が反応し、ビクビクと震えてしまう。
そんな私を宥めるように彼は何度もキスをしてくれて、私はすっかり蕩けてしまった頭で彼の名を呼ぶことしかできなかった。
やがて彼のモノを受け入れる準備が整うと、彼は自身のズボンを脱ぎ始めた。
「…挿れるよ」
彼は私の両足を肩に乗せて、ゆっくりと挿入していく。
「んっ……あぁっ!」
彼のモノが入ってくる感覚にアクメって
そのまま奥まで入ると、今度はゆっくり引き抜かれてまた押し込まれる。
それを繰り返される度に快感が増していき、次第に激しくなっていくピストン運動に体に電流が流れるほどの悦びを覚えた。
事後、彼が私に覆い被さり抱き締めてくると同時に私に残ったのは犬が舌を出して喘ぐような荒い息だけ。
唐突に賢者タイムに突入して、私は気まずさから少し顔を逸らしてしまう。
しかしそんな私を見て彼はクスッと笑って、優しく頭を撫でてきた。
そして私の頬を両手で包み込み、額同士をくっつけてくる。
目の前には彼の顔があり、お互いの瞳が交差している状態だった。
彼の瞳は慈愛に満ちていて、それを見ると安心して自然と笑みが零れる。
そんな私を愛おしそうに見つめる彼の表情はとても穏やかなものだった。
その優しい眼差しに心奪われていると突然唇が重なり合う感触があったかと思うとすぐに離れてしまい名残惜しそうに、私は切なげな表情をしてしまった。
すると彼は愛おしそうに私の頬に手を添えたあと、今度は触れるだけの口付けをしてくれた。
それが堪らなく嬉しくてつい口角が上がってしまう。
そんな私を見て彼もまた微笑んでくれたのだった。
それから数ヶ月もしないうちに私たちは同棲を開始した。
そんな中、彼はある提案をしてきた。
それは結婚式についてだった。
そのワードを出されて改めてこの人と結婚するんだという実感が湧き驚いたが、同時にとても嬉しかった。
そんな私に対して彼はただ一言。
〈これから先の人生は玲那と歩んでいきたい、安心して。式場やドレスにはツテがあるから、たった一度の結婚式だし、最高の結婚式にしたいと思ってるんだ。だから近々見学に行きたいなと…思ってるんだけど、どうだろう?〉
それから数ヶ月後、私たちはたくさんの人達に祝福されながらバージンロードを歩いて無事に結婚式を挙げ、新婚旅行に行ったりと幸せな日々を送り続けていた。
しかし、新婚生活が5年目に突入した矢先、そんな幸せは長く続かないことを知る──。
「ごめん、今日飲み会で遅くなる、先に寝てていいから」
朝食を食べたあと、そう言いながらスーツの上にジャケットを羽織りカバンを持つと、それじゃあとだけ言って出勤して行った。
私はその背中を見送った後、小さく溜息をついた。
彼は最近、仕事終わりに同僚と飲みに行く機会が増えた。
それも付き合いで仕方なく行っているだけで、本当は早く帰宅して家でゆっくりしたいのだろう。
私だって出来ることならそうしたいが、朝から夜遅くまで働き詰めの彼にこれ以上負担を掛けるわけにもいかないと考え直し、今日も1人で家事をこなしていた。
それから数時間後──
私は夕飯を作り終え、テーブルの上に並べていたときだった。
ガチャっと玄関のドアが開く音がしたので出迎えるとそこには彼が立っていた。
しかしその表情はとても暗くて、明らかに酔っている様子だった。
すると彼は私の存在に気付いた途端駆け寄ってきて抱き締めてきた。
突然のことに戸惑いながら
どうしたのと聞く前に、口を塞ぐようにキスを落とされた。
「んん…っ!」
いつもの優しいキスではなく、貪るような激しいものだ。
舌を入れて絡め取られるとお互いの唾液を交換し合い、糸を引いた。
幾度と舌を絡ませる度に聞こえる水音が耳を犯していき、頭が蕩けそうになる。
しばらくして唇同士が離れた後、彼は私を抱き締めたまま甘い吐息を漏らしながら耳元で囁いた。
「……ごめん、玲那…」
その声はとても弱々しくて消え入りそうな声だった。
同時に、その一言で全てを察した私は彼の背中に手を回して優しく擦った。
すると彼は安心したように息を吐き出す。
そんな彼に対して私は微笑んで言った。
「お仕事お疲れ様…だいぶ疲れているみたいだし……とりあえず、横になりましょ?」
そう言って寝室へと連れていき、ベッドに横たわらせる。
すると彼はすぐに寝息を立て始めた。
そんな彼を見てクスッと笑うと、私は彼の頭をそっと撫でて呟いた。
「……いつもありがとう」と────。
しかしその日以来、何度誘ってもえっちはしてくれなくなった。
それどころか、同じベッドで寝ても抱き締めてくれることも無ければキスすらしてくれない。
というか、何かと理由を付けて避けられるようになった気がする……。
そんな生活が続くこと、あの結婚から7年が経とうとしていた。
次第に私は不安になった。
ある日のこと──
夕飯の買い物帰りに、私は思いもよらぬ再会を果たした。
「…ねえ、玲那、ちゃん…?え、玲那ちゃんだよね……?!」
突然名前を呼ばれて振り返るとそこには懐かしい顔があった。
それは私がまだ高校生だった頃に、同じ部活に所属していた先輩で、一颯くんの双子の兄であり、私の初恋でもあった人──。
名前は、天宮和くん。
彼は私を見るなり驚いたような表情を浮かべて駆け寄ってきた。
そして私の手を取り、感極まった様子で見つめてくる。
私はそんな彼に対して戸惑いながらも、なんとか平静を装って答えた。
「も、もしかして和くん…!?ひ、久しぶりだね…?」
すると彼は嬉しそうに微笑んで言う。
「……うん、すごく久しぶり。玲那ちゃん」
それから私たちは近くのカフェに入り、お互いの近況報告をしつつ雑談をしていた。
和さんは高校卒業後、大学に行きその後に就職し、今は都内の企業で働いているそうだ。
「和くんは今、一人暮らし?」
「うん。実家から会社に通うのに遠いし不便だから思い切ってね。今は会社の近くに住んでるよ」
「そうなんだ……あの……えっと……」
そこで私は言葉に詰まってしまった。
何を話したらいいのか分からなかったからだ。
そんな私に対して彼は心配そうに聞いてきた。
「……玲那ちゃん?どうしたの……?」
「い、いや!何でもないよ……!」
慌てて取り繕うように笑顔を作ると、和さんは少し訝しげにしながらもそれ以上追及してくることはなかったので安心した。
「そういえば玲那ちゃんって……一颯と結婚したんだったね?一颯から話は聞いてるよ」
「あ、うん…!そうだよ」
「そっかぁ、やっぱりね、あいつ昔から玲那ちゃんにだけは甘かったけど……幸せそうで良かったよ」
「……っ」
「うん、幸せだよ」
自然と嘘の言葉が出た。
すると和くゆは優しく微笑んでくれて、なんだか照れ臭くなって思わず俯いてしまった。
「あ……あのさ、和くん……」
「ん?なに?」
「……あの……さ……えっと……」
いざ話そうとするとなかなか言葉が出てこなくてもどかしい気持ちになったが、それでもなんとか振り絞って声を出した。
「実は最近、一颯くんと上手くいってないの…」
その言葉を聞くと、和くんは真剣な表情になって私の話に耳を傾けてくれた。
「なにがあったのか、詳しく教えて?」
そう言われ、私はここ最近の悩みと不満を洗いざらい話した。
「…疲れてるのは分かるんだけど、私にキスをしてくることはあっても、隣で寝ててもえっちは全然してくれないし、7年目だし、もう女としては見られてないんだろうな…って、私に原因があるのかな……」
彼は静かに話を聞いてくれたあと、少し考えるような顔をしてから口を開いた。
「うちの弟がごめんね。大丈夫、きっと一颯も疲れてるだけだと思うな。それに玲那ちゃんは何も悪くないよ」
その目は真剣そのもので、思わずドキッとするほどだった。
しかし、次の言葉に耳を疑った
「ただ、一颯がそんなならさ、玲那ちゃん…僕の奥さんにならない?」
一瞬、何を言っているのか理解できなかった。
しかし、その意味を理解すると同時に顔が熱くなるのを感じた。
和くんはそんな私を見てくすりと笑い、続けるようにして言う。
「実は僕もね、玲那ちゃんのこと中学のときから好きだったんだよ。玲那ちゃんが僕のこと好きだったことも、知ってた。まあ一颯が玲那ちゃんに恋してるの知って諦めたんだけどね」
「え…っ?」
「…玲那ちゃんは今も昔も、一颯が本命?」
まるで悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼に、心をかき乱される。
「……っ」
そこでハッと我に返った私は慌てて否定するように言った。
「昔は、正直に言えば和くんのこと気になってたよ、でも今は…一颯くんがいるから……っ」
すると彼は苦笑いするような表情で言う。
「フフ、ごめん。分かってるよ」
本当に、昔から変わらない。
そうやっていつも私の心を弄ぶ。
すると、突然手を握られた。
ぐいっと顔を近づけられたかと思うと、握られた手の甲にキスを落とされた。
その瞬間、全身が熱くなるのを感じた。
思わず後退ろうとしたが、熱い視線を向けられ手を強く握られては不可能であった。
そんな私に構うことなく彼は言う。
「でもさ、双子なんだし、一緒にデートしたって周りはそう簡単に気づけないよ。ねえ、玲那ちゃん、一颯にはナイショで僕と付き合わない?」
「だ、だってそれって浮気…不倫をするってことでしょ?!…そ、そんなこと……!」
「好きなのに相手はえっちもキスもしてくれない。そんな男より、僕を選んでよ。僕なら絶対にそんな思い、させないよ」
私はどうしたらいいのか分からず混乱していると、和くんは私の手を離して言った。
「迷ってる?いいよ、またLINEで答え教えてよ。待ってるからさ」
そして何事もなかったかのように伝票を持って立ち上がる彼に、呆然としながら着いていく。
慌てて財布を出そうとすると、ここは俺が出すからいいよと、スマホを取りだしキャッシュ決済で会計を速やかに済ませた。
その真摯さに思わずキュンとしてしまった。
「今日は会えてよかった、ありがとね。いい返事が聞けること、期待してる。それじゃ」
──その夜、一人ベッドに入ったもの、なかなか寝付けず何度も寝返りを打っていた。
明らかに、和くんの影響だろう。
思い出すだけで胸が高鳴り、頬が熱くなるのを感じた。
ダブルベッドで一人、隣には大きな空き、一颯くんは今日もまた残業らしい。
ここ最近ずっとだ
本当に私に、飽きちゃったのかな…だったらもういっそのこと……
そんなことを考えているうちにいつの間にか眠ってしまっていたようで、翌朝起きると一颯くんがすでに起きていた。
どうやら珍しく朝食を作ってくれたようで、起きたばかりでまだ眠たい目を擦っていると、眠気を覚ますように目玉焼きやウインナーの香ばしい匂いが鼻をぬけていく。
「出勤前なのに、朝ごはん作ってくれたんだ、しかも私の好きな目玉焼き…!すごく美味しそう」
言うと、彼は笑顔で答える。
「たまにはね」
彼が料理をするなんて、2年ぶりか。
それは、残業続きでなにも夫婦の時間を作れていないことに対する申し訳なさを込めたご機嫌取りなのか
それとも、なにか別の理由で、後ろめたさを隠すために私のご機嫌取りをしようとしているのではないか、なんて考えてしまう。
玄関で彼を見送ると、私はリビングに戻りスマートフォンを手にするとLINEを開く。
ふと和くんの言葉を思い出したからだ。
『一颯にはナイショで僕と付き合わない?
──またLINEで答え教えてよ、待ってるからさ』
脳内で繰り返されるあのときの和くんの言葉、私は意を決して和くんのトーク画面に移動するも、中々指が動かない。
(レスだからって、夫がいることに変わりは無い、ここでOKしてしまえば不倫は避けられない)
そんなことを考えていると、ポンっとメッセージが送信されたような音がし、画面に目を向けると、和くんから《今から会えたりする?》というメッセージが届いていた。ずっと和くんの画面を開きっぱなしだったので、すぐに既読をつけてしまった。
やば、と思いすぐに返信しようとすると、またポンっと。
《既読早くてびっくり、もしかして同じタイミングでLINEしようとしてくれたのかな?嬉しい》
それに対し、一昨日の返事を送ろうとしていたということを伝えると
《それなら今からそっち行ってもいい?》
そっちって、まさか家…?
嫌な予感がして《そっちって?》と素直に聞き返すと
《そりゃあ、一颯と玲那ちゃんが住んでる家だよ》
案の定、聞くまでもなかった。
《だって今、一颯は仕事でしょ?なら二人きりで話が出来る》
かりにも和くんは一颯のお兄さんで、二人とも私の幼馴染だ。
一颯くんがいないからといって、そんなの、ダメに決まってる。
なのに、私の指は気づけば和くんの返事に対して《話をするだけだからね、そこで私の答えも聞いて》と送信していた。
それから10分ほどでインターホンが鳴り、玄関のドアを開けると、秋の風が少し冷たく感じられたのと同時に、彼は秋らしいカジュアルでありながらシックなコーデに身を包んで現れた。
ブラウンのカシミヤコートを軽やかに羽織り、中には薄手のタートルネックセーターを合わせて、控えめなエレガンスを漂わせている。
カラーはシンプルにアイボリーで統一されており、全体的に落ち着いたトーンながらも柔らかな雰囲気を演出。
ボトムスは、シルエットの美しいスリムフィットの黒いウールスラックス、足元にはクラシックな黒のハイヒールビットローファーが光る。
腕には高級感のあるレザーの腕時計がさりげなく存在感を放ち、彼の大人の魅力を引き立てている。
首元に軽く巻かれたネイビーのカシミヤマフラーがアクセントとなり、全体を引き締めながらも暖かみを加えている。
彼の姿からは、余裕と知性、そして落ち着いた自信が感じられ、この人を前にして感情の揺れない女性はいないと思う。
ただでさえ、双子ということで夫と同じ顔をしているというだけでも別の意味でドキッとしてしまうのに。
私は玄関口で和くんを迎え入れると、寒かったでしょ、と彼をリビングまで招き入れる。
和くんはリビングにつくなり、コートを脱ぐ和くんのタイミングを見計らってハンガーを渡す。
コートを脱いだことによりタートルネック全体が露わになると、体のラインがよく分かる。
しっかりとした男のカラダだ。
「今、お茶入れるから、適当に座ってて」
私は紅茶を淹れるためにキッチンへ入る。
双子だし好みはそんな別れていなかったはず、と思って一颯の好きなダージリンのセカンドフラッシュでいいかな、なんて思いながら紅茶をミストラルのカップに淹れていく。
このカップは一颯くんと結婚して1年のお祝いにプレゼントしてくれたもの、今は全く使っておらず、棚の奥にしまっていた。
いざそれを取り出して紅茶を淹れてみると、あの頃の楽しかった思い出が浮かび上がってきて、どうにも泣きそうになってしまう。
(昔は、わたしが紅茶を淹れていると、玲那の淹れる紅茶が一番美味しいよ、俺にも教えてほしいなとか言ってくれたのにな。)
そんなことを考えていたからか、気配に気付かず、気がつくと和くんに後ろから抱きしめられていた。
「かっ、和く…?!いつの間に……」
「玲那が悲しそうな顔してたから、慰めてあげなきゃなって思って」
そのまま和くんの指が私の顎に触れるとクイッと持ち上げられ、和くんのことなので無理やりキスされるのかと思いきや
唇は重なることなく、代わりに耳元で囁かれた。
「僕なら玲那ちゃんをずっと愛してあげられる。セックスもデートも記念日も最高のものにしてあげられる自信があるんだ」
「…っ」
「私は今日、そんな言葉を聞きたくて和くんを呼んだんじゃないよ、誘いを断るために…」
言い終わる前に、柔らかい感触に口を塞がれた。
「玲那ちゃん…っ」
「やだ、やめて!なにするの…っ!!」
私は抵抗しようとするが力が入らない。
和くんは一瞬私を離したかと思えば、今度は手首を掴まれ、後ろの冷蔵庫に私の両手を押さえつけて強引に唇を重ねてきた。
「んん……!んふぅっ……!」
舌を入れられ、口内を犯される。
「やぁ……っ!やめ……んっ……!だめ……!」
(なんでキスするの……私が好きなのは一颯くんなのに……!!)
そのとき、なんとか口を離し精一杯の力で彼を突き飛ばした。
油断していたのか、さっきとは違い容易く対象から離れることに成功した。
「はぁ……っ、はぁ……、」
酸素を求めて息を吐く。
すると、和くんはそんな私に追い打ちをかけるように言葉を放つ。
「玲那ちゃんはさ、一颯にもう愛されてないよ」
「は……、?」
「一颯に愛されてないから、一颯と同じ顔の僕と関係持ったって変わらないでしょ?」
「そんなはずない……!だって私たちは愛し合ってるから……!」
私はいつの間にか泣いていた。
どうしてそんなことを言うの……
和くんは私の味方じゃなかったの……?
もう一颯くんに愛されてない?そんなわけない。
信じてる、ずっと信じて待ってるの。
でもおかしい、信じたいのに……
なのに、胸の中でどこかそれを受け止めている自分がいたのも事実だった。
「ごめん…泣かせたくて言ってるんじゃないんだ、ただ、玲那ちゃんと付き合えてるくせに寂しい思いをさせる一颯が許せないって僕のエゴ」
「僕は、玲那ちゃんのこと中学の頃から今までずっと好きだった。忘れようにも忘れられなかった……そんなとき、君に再開して、一颯と上手く行ってないの知ってさ、もう神の御加護かと思うぐらい嬉しくて、チャンスだと思ったんだ。」
和くんは、私の目の下をそっと優しくなぞり涙を親指で拭いながら言う。
彼の目からは深い愛情が感じられる…。
その姿が、新婚生活1年目の頃の一颯くんの面影を感じさせた。
だめなことだと分かっていながらも、無意識に私は和くんの背中に腕を回して、泣きついていた。
一颯くんに抱きしめられているみたいで心底嬉しかったからだ。
「一颯くん…っ」
和くんはそんな私を抱きしめ返しながら言う。
「玲那ちゃん…一颯なんか忘れていいよ。僕があいつの分まで愛してあげるからね」
もう、私は和くんの優しさと愛情を知ってしまった。
そしてそれは、私が一颯くんとの夫婦生活で満たされていなかったことの証明でもあったのだ。
それからというものの、私と和くんはよく会うようになった。
時に、家で一緒に映画を見ていていいムードになりそうだった矢先に一颯くんが帰ってき、鉢合わせたこともあった。
修羅場のようにも思えたが、それは愛があるなら修羅場と化すのだろう。
ソファに座って映画を見ている私たちを目の当たりにしても
一颯くんは「なんだ和、来てたのか、俺も忙しいんだから早く帰れよな~」の一言。
和くんは少し引きつった顔をしながら、それじゃあまたね、と手を振り帰っていった。
それからというもの一颯くんはというと、仕事が評価され出張も増えるようになった。
最初は罪悪感や安を感じていたがそれも段々と薄れていき、今では毎日のように連絡を取り合うようになっていた。
もう私は完全に、一颯くんの代わりに性欲を満たしてくれる和くんに心も奪われていた。
そして一颯に今週は出張があるからと説明されると、私はまた和くんに会いたくなっていた。
それでも表では、わかった、気をつけて行ってきてね!と良い妻を演じる。
普通にしていないと、この人に捨てられてしまう気がしたからだ。
あれ、でもおかしい、今更だけど疑問がある。
彼は私が誘ってもえっちさえしてくれないのに、私を愛しているとも思えないのに、どうして私を捨てないんだろう。
そんな疑問を抱えながらも彼を見送ると、やはり心がキュッと締め付けられるような思いになった。
罪悪感なのか、孤独感なのか、とても寂しい。
それを埋めるために、今日もまた私は和くんを家に招き入れた。
いつものように、和くんが私の家に来てリビングでくつろいでいる。
私はそんな和くんの隣に座り、そっと肩にもたれかかる。
すると、彼は優しく抱き寄せてくれる。
彼の体温が伝わってきて心地良い。
しばらくそのままでいた後、私は彼に言う。
一颯くんは出張に行ってしまったから今日は家にいないよと。
そんな私の言葉を聞いて、和くんは嬉しそうに
「なら、えっちし放題だね?」と微笑んだ。
私は黙って頷き、彼の首に手を回す。
和くんは私の首筋に吸い付くようにキスをし始めると、そのまま私を押し倒した。
そして徐々にキスの位置を下にしていきながら服を脱がされていく。
やがて下着姿になると今度は胸に顔を埋めるように強く抱きしめられる。
ブラジャーの上からでも分かるくらい先端が硬くなってしまっていて恥ずかしい……
それを見透かされているかのように優しく摘まれると、甘い声が漏れてしまう。
すると彼は再び唇を重ねてきて舌を絡めてくるのでそれに応えようと必死に舌を動かす。
すると今度は私のショーツの中に手を入れてきて割れ目をなぞるように刺激してくる。
それだけでもうイってしまいそうになるほど気持ちが良くて、私は無意識のうちに腰を動かしてしまっていた。
そんな私を見て和くんは甘い声で囁く。
「玲那ちゃんのここ、もうこんなになってるよ」
私は恥ずかしさのあまり顔を背ける。
すると和くんは私に見せつけるように私の下着を脱がせてきた。
もうすっかり濡れてしまっているだろうその部分を見られるのも恥ずかしいけど、それ以上に早く続きをしてほしくてたまらなかった。
「ほら見て……玲那ちゃんのせいで僕の手はこんなに汚れちゃったんだよ……」
そう言うと彼は私の手を取り、指についた愛液を絡ませるようにして見せてきた。
そしてそのままその手を自分の口に持っていくと
「玲那ちゃんの、美味しいね」
なんて言いながらペロリと指ごと舐められてしまう。
口調以外はあまりにも彼に似すぎている交尾に、もうそれだけで軽くイってしまいそうになるほど感じてしまい、ますます興奮してしまう。
「んっ……!はぁ……っ!あっ……!」
和くんは私の乳房を舐めながらもう片方の手で秘部を愛撫する。
その度に体がビクビクと反応してしまい恥ずかしい。
しかしそんなとき、玄関の方からガチャっと扉が開く音がした。
誰か来た…?
すると『玲那、ただいま』という聞き覚えしかない声に、私の体は大きく跳ね上がり、全身に緊張が走った。
(どうして……今日は出張のはずじゃ……!!)
和くんとこんなことしてるのがバレたら……確実に離婚されてしまう。
一颯くんは一瞬驚いた表情を見せた後、すぐにいつもの優しい顔に戻ったかと思うと私に言う。
「なんで和と玲那がセックスしてるんだ?」
私は何も言えずにただ唖然としていた。
これは違うの、なんて見苦しい言い訳、きっと言葉にしただけで我ながら反吐が出そうだったから。
すると和くんがすかさずフォローするように口を開く。
「一颯、今更なんの用だよ」
しかしそれと同時に、一颯くんが和くんの顔面に綺麗な右ストレートを決めた。
和くんはそのままバランスを崩し、その場に倒れる。
「和くん…っ!」
そして一颯くんはそのまま私の元へ来ては、私の腕を引き、立たせて言った。
「ごめん玲那……もう少しで出世できそうで、きみのことなにもかも後回しにしてた。自覚はあったんだ、本当にすまないと思っている……」
と頭を下げる彼に私は泣きそうになる。
「怒らないの、?私…和くんと不倫して…たのに」
そんな私たちを見て和くんがゆっくりと起き上がる。
唇が切れたのか血が滲んでおりとても痛そうだ。
だがそんなことも気にせずに彼は言う。
「玲那ちゃんずっと寂しがってたんだよ?」
「ねえ、一颯くん、こんな私の事まだ愛してる……?」
「当たり前だ……って、言うのが遅くなって、すまない」
「仕事が落ち着いたのもあるが、部下に『出世なんかより有限であるパートナーとの時間を大切にした方がいいじゃないですか』って言われて、気付かされたんだ。だから、今日からたくさん話そう?デートも行きたいし、疲れで乱暴になってしまいそうなのを恐れてセックスも断ってたけど、玲那、今度の休日久しぶりに抱かせて欲しい。きみに辛い思いをさせてしまった分、償いたいんだ…」
「一颯くん……うう…っ、ごめん、私の方が最低だよ…寂しいからって……不倫しちゃった…っ」
「そんなことぐらい、いいんだ」
言いながら私を抱き寄せる一颯くんの言葉と体温に安堵したのも束の間
そこに和くんが乱入し、私の体を取り合いっ子される。
「今更そんなこと言ったって、僕だってもう玲那ちゃんのこと諦める気ないから!」
「玲那は俺の妻だ」
和くんと一颯くんが私の所有権をかけて揉めていたが、そこで和くんがひとつの提案を出した、
「じゃあさ、僕たち二人で玲那ちゃんを愛して、二人の奥さんにしようよ?」
すると一颯くんは和くんの提案にすぐに賛成した。
「いや、二人でってどういうこと…?!一妻多夫婚じゃあるまいし……!」
私が異議を唱えるも二人は聞く耳を持たずにどんどん話を進めていく。
和くんと一颯くんから同時に求められるなんて……そんな幸せなことない……!
クズなことを思っているのは分かるが、愛しの夫と、その夫とそっくりな初恋の男に同時に愛されるというのだから、それはあまりにも狂喜だった。
数日後───…
リビング付近のソファで三人で話をしていた。
二人は私を挟むようにして座っており、和くんが私の肩を抱き寄せると、一颯くんも対抗するように私の手を優しく握ってくれる。
この数日間で改めて分かったことがある。
それは二人とも私に対して真摯に向き合ってくれようとしていること
一颯くんがまるで新婚の時のように私を心から愛してそれを行動で示してくれていることだ。
和くんはというと、今まで以上に私を甘やかしてくれて、まるでお姫様のように扱ってくれる。
私が少しワガママを言ったり我が儘を言っても優しく受け止めてくれるし、毎日愛してると言ってキスもしてくれるようになった。
二人からの愛を一身に受けて私はとても幸せだ……
そんなことを考えていると二人が私の顔を覗き込んできた。
どちらからともなくキスをする私と一颯くんを見て和くんが言う。
「玲那ちゃん、僕のキスと一颯くんのキスどっちが気持ちいい……? 」
正直どっちも気持ちよくて選べない。
二人とも私が求めるものを与えてくれるから……
それに、愛しているのは一颯くんだけど、身体の相性を天秤にかけたとき勝つのは圧倒的に和くんである。
私は和くんの問いかけに「どっちもイイよ」と彼の首に腕を回して自分からキスをした。
すると彼は嬉しそうに笑ってくれるので私も嬉しくなる。
そのまま舌を絡め合う濃厚なディープキスをしていると一颯くんが割り込んで来て私の唇を奪う。
そしてそのまま和くんとは比べ物にならないくらい激しいキスをされる。
まるで見せつけているかのような…
和くんはそれをただ黙って見ていることはせずに立ち上がり、私の背後に回ると胸を揉んできた。
服の上からでもわかるほど勃起している乳首を摘まれる度に吐息が漏れる。
和くんはそんな私を見て満足気に微笑むと、今度は首筋に噛み付いてきた。
痛いはずなのにそれが気持ち良くて堪らない。
一颯くんも負けじと私のスカートの中に手を入れて下着の上から秘部をなぞってくる。
そしてそのまま指を挿入してきた。既に濡れてしまっているそこは簡単に彼の指を受け入れ、ガッシリと締め付けてしまう。
やがて、私は二人からの愛を一身に受けながら絶頂を迎えた。
そんな生活が続いたある日のこと、一颯くんと二人きりでデートをしていたときだ。
「玲那……もうきみを悲しませるようなことはしない、これからはずっと一緒だ」
そう言って私の手を握りしめてくる一颯くん。
「うん、ずーっと一緒にいようね!」
そして私たちは再び唇を重ね合った───……。
その日はお店を和くんが予約してくれていて、夜景の見える煌びやかなレストランで、三人でディナーを食べる予定だった。
店に着くとそこには和くんの姿があり、私を見るなり駆け寄ってきては私を抱きしめた。
「こら、くっつきすぎだぞ、和」
「一颯はもうたくさん玲那ちゃんと楽しめたんでしょー?なら今度は僕の番だよ!」
「まあな、それに…今夜はこれだけじゃないしな」
二人はコソコソとなにかを話しているようだったがよく聞き取ることが出来ず
聞きそびれてしまい、そのまま店内へと入り席に着く。
私は少し戸惑いながらも二人について行った。
二人が予約していたのは個室で、三人で食事をするには広すぎるくらいだった。
私が席につくと二人は私の隣に座りそれぞれ手を握ってくる。
まるで逃がさないとでも言うかのように……
食事が始まり暫くして和くんが口を開いた。
「あの……さ、玲那ちゃん、その……あーんしてくれない?ほら、恋人なんだし、普通でしょ? 」
いつも自信満々の和くんが珍しく遠慮がちに聞いてくる。
私は少し戸惑いながらもゆっくりと頷いて承諾する。
フォークでシフォンケーキの角を掬い、彼の口まで運ぶととても嬉しそうな表情をしてケーキを飲み込む。
「美味しい、はあ、今日は幸せだなぁ」
そんなやりとりをしている間にも一颯くんは、飼い主を取られて嫉妬する犬のように
私の腰に手を回してきて、体を引き寄せると耳元で囁いた。
「今夜はホテルをとってるから、存分に楽しもう、玲那」
ホテル、その言葉に子宮が疼くのを感じる。
彼は私を優しく抱き寄せながら私の耳を舐めたり甘噛みしたりしてくる。
人がいない個室だからって、やり放題。
その刺激に思わず体が跳ね上がりそうになるがそれを必死に抑えて我慢する。
そんな私を見て和くんはクスリと笑った後
「玲那ちゃん、耳弱いもんねぇ」と言ってさらに責め立てるように激しく舐めてきた。
一颯くんも負けじと首筋に舌を這わせてくるので私は堪らず甘い声を上げてしまった。
二人はそんな私を見て満足そうに微笑んだ後に「本当の楽しみはホテルに着いてから」と声を重ねた。
食事を終えて、私たちはレストランを後にすると予め予約していたホテルへと向かいチェックインを済ませる。
そのまま部屋へ向かう最中もずっと手を繋いでいた。
部屋に入ると、先に入ってきていいよっと和くんが言うので、先に失礼することに。
タオルを巻いてお風呂から出ると、既に上下裸の双子がそこに立っていた。
二人の美しい筋肉につい見惚れていると
「なぁに、見蕩れちゃった?」
「顔が赤いな、玲那」
なんて二人が言ってくるものだから、恥ずかしくなってしまって顔を手で隠す。
二人ともクスクスと笑っては「かわいい」と言いながら私に近づいてきたかと思うと
「じゃあ入ってくるから、寒かったらそこのホットココア飲みなね」と和くんが。
どうやら双子なので二人で入るらしい。
本当に仲良いなぁと思ってしまう。
恋人を共有するぐらいだし…まあそんなにおかしなことではないけど。
二人がお風呂に入ってる間、私はベッドサイドのテーブルに置いてあるドライヤーで髪を乾かし終えると、急に嚔が出た。
肌寒くて手首をクロスして両腕を擦る。
ふと、テーブルの上に置いてある凡庸性の高い白いコップから覗くホットココアが目に入る。
さっき和くんが言ってたやつかな?と思い、身震いしながらそれを手に取ると、すぐに口に含んだ。
甘くて暖かい飲み物は冷えた体に染み渡り、思わずほっと一息ついた。
それにしても、和くんと一颯くん、まだかな?とぼんやりと考えていると急に睡魔が襲ってくる。
寝たら、だめだけど、なにこれ…強い眠気が……。
無理、耐えれないし頭も痛くなってきた…なんで…
混沌とした意識の中で私はベッドに横になり、意識を手放した。
どれくらい時間が経ったのか分からない
ふと目を覚ますと知らないコンクリートの床に、周りには白い壁、シンプルなダブルベッドとローテーブルのみ。
動こうとすると、ジャラっと鎖が揺れる音がする。
自分の手足が拘束されていたのだ。
そしてもうひとつ確実に異常なことがあった。
白い壁を覆い隠すほど全面に私の写真が貼られていたことだ。
恋人や旦那と言えど、気味が悪い。
しかしそれよりも気味が悪いのは
左右の壁に全く同じ写真が全く同じ位置と角度で貼られているということ。
写真に気を取られていると、カツカツというこちらに近づいてくるような足音が聞こえ、その方向に目線を向けて身構えると、部屋の扉がキィィと音を立てて開かれた。
そうして私の前に姿を現したのは一颯くんと和くんだった。
二人は私を見上げて言う。
「玲那ちゃん、おはよう」
「玲那、おはよう」
二人は私に優しく微笑む。
(なんで、二人はこんなに落ち着いてるの、?)
状況を知りたくて声を出そうとしたとき、なぜか上手く日本語が喋れず、口がテープのようなもので塞がれていることに気が付いた。
(え……?なに、これ…口になにか巻かれてるの…?)
「玲那、ホットココア飲んだろ?」
壁についている鎖に繋がれ床にへたりこんでいる私と同じ目線に立ってしゃがんだ一颯くんが唐突に、そう問いかけてきたので素直に頷く。
すると二人は顔を見合わせて笑い
「あれに睡眠薬を混ぜたんだ」と和くんが言った。
私がなにかを言いたげに口を動かしているのを察してか、なにか考える素振りをした後、和くんが言う。
「んー、やっぱガムテープしてると話しづらいよね、1回取るね?」
テープを剥がされると、やっと口で呼吸ができ、はあ、はあ、と息をする。
「な、なんで…どうしてこんなこと…?どうして、私は手足を縛られてるの…!」
分からないことだらけで困惑しながら言葉を紡ぐ。
私の問いに、一颯くんが答える。
「どうしてって、ずっと一緒にいるためだよ」
「俺、今日、これからはずっと一緒だって言っただろ?そのとき玲那もずっと一緒だと言ってくれた。」
一颯くんの言葉に和くんが続ける。
「僕たちと玲那ちゃんがずーーーーーっと一緒にいるために、何ができるか考えたんだよね。そうして完璧な答えを導き出したんだ!」
二人が私を見て笑う。その顔はどこか狂気じみていた。
「ああ、和の言う通り。きみと一緒にいるためには、君をずっと部屋に閉じ込めておけばいいと思ったってわけだ。名案だろ?」
本当にこの人は、あのとき一緒に会社で働き嫌なお局から私を救いプロポーズをしてくれた、あの天宮一颯なのだろうか?
そんな疑心暗鬼になってしまうほどに私は恐怖を覚えた。
「玲那ちゃん、僕たちのこと嫌いになった?でもどっちみちもう逃がさないから。」
和くんの言葉に、背筋が凍った。
多分、ここで逃げられるほどの体力はないし、この二人から逃げられる気がしなかった。
ただ怯え、足が竦む一方。
後ろに行っても壁しかない、分かっていても後ずさりしてしまう。
「いやだ…っ!どうしちゃったの二人とも!!ひどいよ、それにこの部屋はなん、なの……?これが愛している相手にすることなの……?!」
そんな私の反応を見た二人は満足そうに微笑んで言う。
「何言ってるんだ、愛しているからだろう? 写真も、きみを好いている旦那がここに二人もいるのだから、左右対称に貼ってあってもおかしいことじゃない。…玲那はただ黙って俺たちを受け入れてくれればいいんだ。夫婦なのだから」
「そうだよ、玲那ちゃんはなにも考えなくていいの、僕たちに身を委ねてくれればそれでいいんだよ?」
すると和くんが更なるカミングアウトをしてくる。
「それにあのとき、玲那ちゃんと街中で会ったのも偶然じゃない。」
「え……?ど、どういうこと、偶然じゃないって…」
「僕はさ、何でも︎︎︎︎"︎︎一颯と同じ"︎︎じゃないと嫌なんだ。」
「だから一颯に彼女ができたっての聞いてから、ずっと玲那ちゃんを監視して、一颯と上手く行っていないところで、偶然の再会を装って姿を現して、きみを口説いた」
訳が分からない。監視?
「な、なんでそんなこと…」
「きみを彼女……奥さんにするため!僕と玲那ちゃんがエッチしてるところ見ても、一颯は怒るどころか謝ってきたでしょ?それも計画の範疇」
「僕も一颯もお互いに︎︎"︎︎︎︎同じ"︎︎がいいってこと。だよね?一颯」
「もちろんだ、だから和が玲那とセックスしてるのを見て、興奮した。ああ、和が俺と同じ人を愛していると…嬉しくなった」
二人の言葉に私は絶望するしかなかった。二人の視線が怖い。
「ねえ、一颯くん…どうしちゃったの、結婚する前と雰囲気が全然違うよ……っ!!わけわかんないよ!」
「いいや、別に変わってない」
「玲那の身体は僕たちのものだ」と言いたげな目をしていて、今なら吐き気しかしない。
一颯くんが私の顎を掴み、
「大丈夫、衣食住は保証するし、安心してここにいるんだ」
そのまま口付けをしてきた。
口内にぬるっと舌が侵入してきて歯列をなぞるように舐められたあと、舌を絡め取られるようにして吸われる。
そしてようやく解放されると今度は首筋に強く吸い付かれる感覚がした。
それはいつもの快感には感じなく、畏怖感が残るだけだった。
それから1ヶ月後
私は目を覚ますと、なぜか拘束を解かれてベッドに寝かされていることに気づく。
「口も塞がれてない、?うそ、急にどうして…!でもこれは、チャンス…!?今なら!」
私はどうやってここから出るかを考えるのを辞めていたが、これはチャンス以外の何者でもなかった。
今ならいけると思い、ふらつく足を奮い立たせて
「生きるためだ、あの双子から逃げるためだ」
と言い聞かせて転けそうになりながらも扉の前まで走った。
ドアノブを回すと、鍵が掛けられていないことが分かり、思わず笑顔で扉を開けた。
しかし、そんな簡単にはいかなかったのだ。
扉を開けた先には一颯くんがいて、私は捕まってしまった。
「玲那ちゃん、おはよう」
彼はそう言って私を抱きしめるとそのままベッドへ突き飛ばされた。
「きゃあ…っ!!」
「なにしてるの?まだ朝早いよー?」
和くんも起きてきて、私は必死に抵抗するが力の差は歴然で全く歯が立たない。
「玲那ちゃん、逃げようとしたんだね?」
和くんは私の頬を優しく撫でながら聞いてくる。
「……っっ!」
(怖い怖い怖い怖い、声が出ない…っ)
私は恐怖と絶望で何も言えずただ首を横に振るだけだった。
防衛本能だった。
「ふーん、まあいっか。検証はできたしね。まだ僕らの愛が足りてないから逃げようとするんだよね…」
そんな私を二人は不満そうにするわけでもなく、悲しそうに、どこか嘲笑うかのように見てくるのだ。
そして一颯くんが私に顔を思いっきし近づけて言う。
「次俺たちから逃げようなんて考えたら、許さない。それは浮気よりも重い裏切りになる」と……
私はもう逃げられないんだと悟ってしまった。
私の常識上の愛と彼らの愛が違うことが分かり
もう心すら通い合えないのだと知った。
二人の愛が重すぎるあまり、私は逃げることを完全に諦めるしかなかった。
それが、この監禁生活で死なない術だった。
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