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(気持ちいい……)
汗ばんだ首筋を撫でる風。目の前で小さく揺れる背中。振り落とされないようマコトの肩に手を置くと、思ったより熱かった。
ヘッドライトの流星群。街の喧騒が流れていく。どこまで行くんだろう。どこまででも、行ける気がした。
マコトは肩の手がくすぐったいのか、少し首をぶるっと振る。
「……先輩、追ってきてないみたい。良かった」
「アイツのことは考えない方がいい」
「どうして?」
「どうしても」
彼のボサボサ……に見えてフワフワの後頭部は、わたしにその真意を探らせない。それでも今は、Sよりマコトの言葉を大切にしたいと思った。「分かった」とわたしは頷く。勢いが付き過ぎて、その背中に頭突きしてしまった。
「いってーな」
「ごめん。ねえ、どこに向かってるの?」
「さっき言っただろ、あんたの中学に行くって」
「えっ! もしかして今から行くつもり?」
「善は急げだ」
「っていうかマコトくん、わたしの中学がどこにあるか知ってるの?」
わたしはまだ、マコトに母校の場所を教えていない。けれど、場所を知らない筈の彼は、迷いなく自転車をこぎ進めている。その様子はとても当てが無いようには見えなかったが……当てずっぽうであるらしい。「知らん!」と偉そうに胸を張った。
わたしはガクッと項垂れそうになる。この少年なら知らなくても辿りつけそうな、不思議な何かを感じるけれど。でも。
「残念だけど、遠いから自転車じゃいけないよ」
わたしが通っていた中学校は実家の近く。ここから電車と徒歩で合わせて二時間弱はかかる。もう終電までに辿り着くのも不可能だ。
「とりあえず明日に、」
「どんな学校だった?」
「どんなって……」
“どこ”ではなく“どんな”? 彼の質問の意図が分からず、少し言葉に詰まってしまう。どんなって――と思い出すと、十年以上も前のその記憶はやけに鮮明に蘇った。
「……どこにでもある、普通の学校だったよ。校舎は三階建てで、校門は表と、駐車場に面した裏の二つ。門を入ってすぐのところに桜の木があって、毎年春にはそこで写真を撮るの。なんか一本だけヤシの木みたいなのが生えてて、浮いてるんだ。校庭は凄く広くて、その奥にあるプールまで行くのが大変で……」
「学校の周りは?」
「周り……門を出たところは、並木道だったよ」
「並木道には何があった?」
「ええと……埃っぽい駄菓子屋さんと、やってるかよく分からない釣具ばかりの雑貨屋さん。当たりくじ付きの自販機と……あとは古い大きな家が建ってて、いつもフェンスの向こうから真っ白な犬の鼻先が突き出してるの。……でも、なんで?」
「さあ、なんででしょう?」
まるで謎かけみたいなマコトの口ぶり。わたしは彼に見える筈もないのに、首を傾げる。そして、頭を傾けたことで彼の前に広がる景色が目に入り「あれ?」と声を上げた。そこは……今まで居た街とは様子が違っている。
――街灯の少ない、薄暗い道。左右には青々と茂る木々が連なっていた。夏の豊かな香り。木の甘い匂いが、カブトムシを想起させる。……いつの間にかわたし達を乗せた自転車は、見覚えのある並木道を走っていた。
自転車は骨董品のような駄菓子屋を通り過ぎ、釣り竿が突き出す雑貨屋を通り過ぎ……ヒクヒク動く犬の鼻先を通り過ぎた。
キキッ、と突然自転車が止まり「ムグッ」とわたしはマコトの背に埋まる。潰された鼻をさすりながら、もう! と不満を訴えた。
「突然止まらないでよっ」
「着いた」
「どこに……」
わたしは目を疑った。いや、本当は先程から、そんな気がしていた。
目の前にあるのは懐かしい――わたしの、中学校。
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