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自動販売機の中を通って辿り着いたのは、夕暮れに赤く染まる校舎だった。校舎内にも外にも、見える限りの場所に人は居ない。
わたしはあまりの出来事に、長い廊下で呆然と立ち尽くす。マコトが「おーい」と鼻先で手をヒラヒラさせた。
「な、何で? どういうこと?」
自動販売機の中が学校に繋がっていて、しかも夜だったのが夕方になっている! さっぱり意味が分からない!
きっとわたしは相当面白い顔をしていたのだろう。マコトは小さく吹き出してから、笑い声混じりで説明した。
「さっき、くじを当てただろ? だからここは4時44分44秒の学校なんだ」
「はあ……?」
だからって、なにが? 全く理解できない。
何故、街で二人乗りをしていたら、いつの間にか遠くにある母校に辿り着くのか。自動販売機のくじで4444を引き当てたら、自動販売機の中が4時44分44秒の学校になるのか。まるで狐に化かされている気分だ。
「さあ、問題の場所に連れて行ってもらおうか」
連れて行けと言いながらも、マコトはまた迷い無い足取りで、先陣を切ってどんどん進んでいこうとする。わたしは慌てて彼のシャツを掴んだ。
「ちょっと待って!」
「何だよ」
「……トイレに、行ってきてもいい?」
こんな怒涛の展開になると知っていれば、寸前にあんなに飲んだり食べたりしなかったのに、とわたしは後悔した。誰も居ない学校のトイレになんて、絶対に行きたくないのに。
――マコトには廊下で待っていてもらい、わたしは出来るだけ平静を装ってトイレに入った。怖がっているなんて知れたら、マコトは面白がって脅かしてくるかもしれないからだ。……なんとなく、そういう本当に人の嫌がることはしなさそうだけど。
トイレは、ヒヤリと冷たい。籠った水のニオイがする。パチッと電気をつけると、思ったより不気味ではなかった。わたしはタイムアタックの如く素早く個室に入り、無心で用を済ませる。凄い勢いで個室から飛び出すと、素手で触るのが憚られる蛇口をひねった。
手を洗い、バッグからハンカチを取り出して、手を拭く。そんな日常の何気ない動作が、心を少しばかり落ち着ける。……それが油断に繋がったのかもしれない。わたしは無意識に、できるだけ見ないようにしていた、目の前の鏡を見てしまった。――映るのは、怯えた顔の自分。その首元には“獣のような毛むくじゃらの黒い手”が、背後から伸びている。
「……っ」
黒い手が、わたしの首を締め上げる。助けを呼ばなければいけないのに、声が出せない。
わたしは無我夢中で、頭を振り、体をよじって、足をバタつかせ、黒い手に爪を立てて抵抗する。そんなわたしの全力を嘲笑うかのように、黒い手はびくともしなかった。
酸素の不足した頭が、くらくらと眩暈を引き起こす。意識に靄がかかる。ぐったり力の抜けた重い体は、いとも容易く鏡の中に引きずり込まれ……わたしはそこで意識を手放した。
最後の瞬間「おい、まだか?」とマコトの声が遠くで聞こえた。と、思う。
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