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寝癖のついたボサボサの髪に、ぬぼーっと気怠げな目蓋。三白眼気味の目は月明りに照らされて、青味がかった白目が印象的だった。柔らかさと鋭さが混ざりあう、どこか神秘的な雰囲気の少年。
白い半袖シャツと黒いズボンは学校の制服に見える。中学生か、高校生くらいだろうか?
少年はわたしの存在に最初から気付いていたみたいに、一切動じることなく話し始めた。
「あんた、大分つかれてるな」
「……まあ、疲れてはいるけど」
「違う違う、そうじゃない」
少年は賽銭箱をひょいと飛び越えると、体の熱が分かるほど、わたしのすぐ近くにやってきた。そして勝手に肩に手を置き、埃を払うような仕草をする。
……ゴミでも付いていたのだろうか? それにしても、汚いものを見るみたいなその目は、なんか失礼だ。
わたしはそれを避けようとして……見えてしまったものに目を剥いた。少年の手には黒く長い毛のようなものが巻きついている。決してわたしの髪なんかじゃない。もっと別の、ナニかだ。
彼はその得体の知れないものを絡め取り、面倒くさそうにフッと息を吹きかけた。すると、黒い何かは夜闇に溶けて消えていく。瞬間、わたしの体は鳥居をくぐった時の何倍も軽くなった。
彼の手には、もう何もない。わたしはその手を食い入るように見つめた。少年の手とはいえわたしの手より大きく、ごつごつ硬そうで指の節が太い、男の手である。
「い、今のは一体何なの?」
「あんたに憑いていたモノだ。デカい元凶を何とかしないと、何をしても無駄だろうけどな」
……そうか。
わたしはようやく察した。“つかれてるな”は“憑かれてるな”だったのだと。つまりアレもコレも自分の幻覚などではなく、全て実在する現実だったのだ。明らかになってしまった恐ろしい事実に、わたしは愕然とする。が、僅かにすっきりした気持ちもあった。自分が正常だと分かったことで自信も湧いてくる。
「君はお祓いができるの? この神社の人?」
「あー……まあ、そう。で、どうすんの」
「どうするって?」
「困ってそうに見えるけど。助けてほしい?」
「……神主さんを呼んでもらえるかな?」
何となく、この偉そうな少年に素直に助けを請うのは癪だった。それにお祓いを依頼するなら、ちゃんと本業の人にすべきだろう。しかし彼は、わたしの言葉を軽く跳ねのける。
「いや無理。あの人は今それどころじゃないんだ。……俺の弟が病気で入院しててさ、近々手術なんだよ。それで家の者は全員付きっきりってわけ」
そう言う少年の目は、どこか寂しげだ。“捨てられた子犬”という陳腐な表現が浮かぶ。いや、それにしては健気さや愛らしさが足りない。潤んだ瞳で主人を待つ子犬というより、数日餌を抜かれた空腹の金魚のよう。そしてそれは当たらずも遠からずなのか、少年の腹がぐう、と間抜けな音を発した。彼はばつが悪そうな顔をする。
「なんだよ、何か言いたげだな」
「……とりあえず、お姉さんが何か奢ってあげるよ。さっきのお礼もしたいし」
「あんたが一人になりたくないだけじゃないか?」
少年はぐさりと真意を突くが、意外と素直に誘いに乗ってきた。わたしは誘った身でありながら少し苦い顔をする。未成年を深夜にナンパしたという事実だけ見れば、自分は危ない悪い大人なのだった。
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