Act3.「深夜のファーストフード店」

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 大口を開けて頬張っているのに、マコトが食べている姿は何故か気高いものに感じた。頭ごとハンバーガーに寄せて齧り取る姿は野性味に溢れているが、まさに野生動物の営みのように、生き物として美しく思える。 「これは食べたことがある」とポテトを数本一気に放り込むところも、様になっていた。だからわたしはすっかり見惚れてしまい、手元に垂れた溶けたソフトクリームに、ハッとする。慌てて手の甲を舐める自分も動物みたいと言えばそうだが、そこには美の欠片も無い。  マコトはそんなわたしを「はは」と馬鹿にして、コーラの蓋をパカッと開け、ストローを挿さずに飲む。……大量の氷に顔面を直撃されていた。 「うわ、つめた!」 「だ、大丈夫?」 「あ、ああ。……それにしても、あんたの食い物は甘味ばかりだな」 「ちゃんとコーヒーも頼んだよ!」  暗に“子供っぽい”と揶揄われた気がして、ついそう言い返してしまった。……正直、カッコつけで注文したブラックコーヒーは飲みきれる自信がないけれど、内緒だ。おまけに紙コップの淵に口紅がべっとりついて、一瞬それが何なのか分からず血かと驚いたのも秘密にしておこう。  ……大人ぶらなくても大人だというのに、わたしは何をしているのだろう?  とりあえず大人の証として、未開封のスティックシュガーをこれみよがしにトレーの真ん中に置いておく。マコトはそれを不思議そうに見た。 「その白い棒みたいのは何だ?」 「え? お砂糖だよ」 「砂糖! 使わないならもらっていいか?」 「何に使うの?」 「こうするのさ」  得意げに、マコトはフライドポテトに砂糖を振りかける。わたしは「もったいない!」と眉を寄せた。ポテトが台無しになってしまった!  けれどマコトは一仕事終えたみたいな顔で、その砂糖がけのフライドポテトをパクつく。そして「やっぱ“甘い”は“美味い”だな」と満足そうにした。  わたしは疑いの目で、その笑顔とキラキラ輝くポテトを交互に見る。マコトは次々にポテトを口に入れ……空腹が落ち着いたのか、ふうと息を吐き椅子に背を凭れた。そのまま、何気ない調子で切り出す。 「で、そろそろ本題だが。俺ならあんたの問題を解決できる。さあ、どうする?」 「……それは、マコトくんがお祓いをしてくれるってこと?」 「まあそんなところだ。でもそのためには、色々と話してもらわなきゃならない。あんたは自分に起きていることに、なにか心当たりがあるんだろ?」 「どうしてそう思うの?」 「そういう顔をしてるからさ」  マコトが体を起こし、じっとわたしを覗き込む。  いつでも寝起きみたいな、半分下りた目蓋。なのにその黒目は鋭く、全て見透かされてしまいそうだ。  答えに窮するわたしの口。マコトが悪戯に、スッとポテトを差し込んでくる。甘じょっぱいその味は……案外悪くなかった。寧ろ美味しい。わたしの反応に気を良くしたのか、マコトが得意そうに二ッとした。強張っていた表情筋が弛緩する。  ……彼になら、話してもいいかもしれない。 「話すと長くなるんだけどね」 「できるだけ短くまとめてくれ。俺が眠くならないように、分かりやすく楽しく、でよろしく」 「……楽しくは、無理かな」  わたしはコーヒーを一口飲み、苦さに浸る。  ――そして、話し始めた。自分が彼と同じ中学生の頃に行ってしまったことを。その時に失ってしまった大切な友人のことを。それ以降、鏡を見ると恐ろしい姿が現れるようになったのだということを。  マコトは時々ポテトやナゲットを摘まみながら聞いていた。けれど目だけは、わたしから離さなかった。 「……という訳なの」  一通り話し終えると、これが肩から荷がおりるという感覚か、と思った。  問題は何も解決していないというのに、半分は解消したみたいに気持ちが軽い。けれどその半分は消えてしまったわけではなく、目の前の少年が持つのを手伝ってくれているだけ。話を聞き終えたマコトは静かに「そうか」と呟いた。 「……で、あんたは、自分に憑いているものの正体を、何だと思っているんだ?」  わたしはその問いを恐れていた。しかしあれが幻覚ではない以上、もうちゃんと向き合うしかない。    鏡の向こうに居た女は、やはり、どうしても、“彼女”にしか見えなかった。見覚えのある背格好、丈の短いスカート。絡まり合ったボサボサの髪はパーマ髪にも見える。認めたくはないけれど、もうそんなことは言っていられない。  あれは、あの日鏡の中に消えていった、わたしの友人だ。 「わたし……わたしには、友達がわたしを連れて行こうとしてるように、見える。見殺しにしたわたしのこと、恨んでるのかも」 「見殺しにしたのか?」 「それは……その瞬間のことは、あまりよく覚えてないの……ただ助けられなかったのは事実だから」  わたしは彼に懺悔しているみたいに、下を向く。目の前の不良神父は「ふーん」と尊大な態度でふんぞり返った。 「ま、とりあえずあんたの学校とやらに行ってみよう」 「え、中学校に? うそ、やだよ、怖い!」 「もう充分、怖い思いをしてるだろ?」  マコトはこの問題を解決するためには、全ての始まりである中学校に行く必要があると考えているらしい。  わたしは自分のトラウマ発祥の地になど、二度と行きたくなかった。でも、さっきみたいな恐ろしい目に遭うのも嫌だ。このまま何もしなければ、トラウマが増え続けていく未来しか見えない。  だから、とてつもなく嫌だが、付き合ってくれる味方が居る内に、腹を括るしかないだろう……そのためには腹ごしらえだ!  ナゲットの最後の一つをむんずと掴み、ソースをたっぷり付けて口に入れると、ジャンクフードの心地よい罪の味が沁み渡った。「ああ、俺の!」と身を乗り出すマコトに、まだ口を付けていないアップルパイを差し出すと、彼は甘い香りにあからさまにニヤけた。やっぱり、甘党みたい。
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