伸明 44

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  そして、それを、聞いた私は、思わず、  「…助けて、やらないんですか?…」  と、聞いた…  つい、口に出してしまった…  すると、ユリコが、  「…額によるんじゃない…金額によるんじゃない…」  と、言った…  当たり前だった…  「…どこの家庭も、そうでしょ? …兄や、妹の家計が、火の車だと、知って、助けてやりたくても、それは、金額による…」  「…」  「…まして、五井長井家の当主は、評判が悪かった…だから、本家を含め、誰も、力を貸して、くれなかった…自業自得よね…」  「…」  「…でも、娘は、父親をそう見ていなかった…父親が好きだった…だから、許せなかったんだと、思う…」  「…」  「…だから、お嬢ちゃん…生粋のお嬢ちゃんなのよ…もっとも、あのお嬢ちゃんだって、歳を取り、四十、五十になれば、違うでしょうけれど…」  ユリコが、笑う…  私は、それを、聞いて、ユリコの言う通りだと、思った…  たしかに、若ければ、若いほど、視野が、狭くなる…  そして、自分勝手になる…  だから、あの長井さんは、自分の父親の危機を五井本家が、救ってくれるはずと、単純に思い込んでいたのだろう…  同じ五井一族だから、救ってくれると、思ったのだろう…  私が、そう考えていると、  「…だから、利用しやすかった…」  と、ユリコが、突然、言った…  「…だから、あの長井のお嬢ちゃんを通じて、あの菊池リンに、あることないこと、告げた…あの菊池リンは、五井の女帝の孫…あの女帝を、困らせるには、うってつけ…まさに、うってつけの相手だった…」  「…」  「…で、それを、知った和子は、激怒した…私は、和子の怒りを増幅させた…」  ユリコが、告白する…  「…だから、正直、このままでは、私の身が、危うい…」  ユリコが、一転して、切羽詰まった声で、言う…  「…だから、お願い、寿さん…伸明さん…五井の当主に頼んでくれないかな…」  「…エッ?…」  思わず、声に出した…  まさか、ここで、伸明の名前が出るとは、思わなかった…  五井家の当主の名前が出るとは、思わなかった…  「…伸明さんに、頼んで、五井の女帝の怒りを鎮めて、もらえないかな…」  ユリコが、懇願する…  そして、そのことで、ようやく、なぜ、ユリコが、こんな時間に、私に電話をくれたのか?  わかった…  ようやく、ユリコの目的がわかった…  夜の十一時に電話をかけてきた目的が、わかった…  たしかに、ユリコの言う通り…  ユリコの怒りを鎮めることが、できる人物と言えば、伸明…  五井家の当主しか、思い浮かばない…  和子は、五井の女帝と呼ばれているが、名目上は、伸明の下…  明らかに、下だ…  だから、伸明が、和子に頼み込めば、なんとか、なるかも、しれない…  いや、  なんとかは、ならないかも、しれないが、少しは、怒りを和らげることが、できるかも、しれない…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、それを、思えば、誰もが、考えることは、同じ…  同じだと、思った…  私が、もし、ユリコの立場なら、きっと、同じことを、したかも、しれない…  なぜなら、ほかに、選択肢が見つからない…  和子の怒りを鎮める選択肢が、見つからなかった…  が、  正直、躊躇した…  なぜなら、そんなことを、すれば、下手をすれば、私が、和子の怒りを買いかねないからだ…  当たり前だ…  だから、躊躇した…  また、なにより、頼んできた相手がユリコだ…  私の天敵のユリコだ…  その天敵のユリコが、私に頼み込んでくるなんて、あまりにも、虫がいいというか…  虫が、良すぎる(爆笑)…  私は、思った…  私は、考えた…  だから、私は、答えなかった…  すぐには、答えなかった…  が、  いつまでも、答えないわけには、いかない…  数十秒…  あるいは、一分を過ぎてから、  「…申し訳ありませんが…」  と、断ろうとした…  当然だ…  ユリコのために、動いて、和子を敵に回したくはない…  当たり前だ…  すると、ユリコが、  「…菊池リン…」  と、いきなり、言った…  「…彼女が、どうしたんですか?…」  と、つい、聞いてしまった…  反射的に、聞いてしまった…  「…あのコ、以前、ジュンと婚約したでしょ?…」  思いがけないことを、言った…  すっかり、忘れていたことを、言った…  「…私、あのときに、色々、五井のことを調べたのよ…」  「…五井のこと?…」  「…正直、ドロドロ…ドロドロの人間関係…」  「…ドロドロって?…」  「…人間関係の恨みつらみが、激しい…」  「…」  「…現に、あの菊池リンだって、父親は、五井長井家の出身で、あの五井の女帝と、ソリが合わなくて、五井東家を出て行ったでしょ?…」  「…エッ?…」  思わず、声に出した…  だからか?  私は、思った…  だから、このユリコは、あの菊池リンを使ったんだ!…  あの菊池リンを利用したんだ!…  あの菊池リンもまた、あの五井の女帝に、恨みを抱いていた…  だから、その恨みを利用した…  そして、あの長井のお嬢様も、また、あの五井の女帝に恨みを抱いている…  だから、互いに、五井の女帝に恨みを抱いている者同士、利用しやすかった…  そういうことだ…  「…そして、その人間関係のドロドロは、他にも、いっぱいある…」  「…どういうことですか?…」  「…五井は、四百年の歴史がある…でも、四百年の歴史があるってことは、同じ五井と名乗っていても、血は薄い…もはや、他人に近いぐらい血が薄い…だから、今は、一族は、結婚は、一族内で、結婚する…結婚相手を、一族内で探す…」  「…」  「…で、その結果、どうなったと、思う?…」  「…どうなったか? …わかりません…」  「…簡単よ…今度は、一族内で、あの家の長男は、五井何々家の次女と、結婚して、その長女の方は、別々の五井の家に、嫁いでとなった…」  「…それが、どうしたんですか?…」  「…つまり、政略結婚ね…好きでも、ない相手と結婚する…その結果、双方に不満がたまる…そして、最悪、離婚する…一族内の結婚が、うまくいってない実例…」  「…」  「…まあ、だから、私もつけ入る隙があったんだけれども…」  ユリコが、告白する…  それを、聞いて、呆気に取られた…  確かに、そうだろう…  ユリコの言う通りだろう…  五井は、血が薄くなりすぎたから、原則、結婚は、一族内で、する…  一族内で、結婚相手を探す…  つまり、政略結婚と同じだ…  要するに、好きでもない相手と結婚する…  だから、不満がたまる…  互いに結婚相手に不満がたまる…  そういうことだ…  皮肉にも、一族の結束を高めるために、同じ一族内で、結婚を奨励しているにも、かかわらず、その結婚が、裏目に出ている…  これは、皮肉…  皮肉に他ならない…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、それを、思ったとき、  …だからか!…  と、気づいた…  なぜ、私を伸明が、好きなのか?  気づいた…  要するに、一族内の結婚の失敗例を見ているからだ…  血の維持のために、無理やり一族内で、結婚をして、うまくいかなった実例を目の当たりにしているからだろう…  だから、伸明は、私に目を向けた…  あえて、一族外の私に目を向けた…  そういうことだろう…  私は、気づいた…  そして、そんなことに、気づいた私に、  「…とにかく、寿さん、お願い…」  と、ユリコが、声をかけた…  こちらが、引き受けるとも、なんとも、言わないにも、かかわらず、声をかけた…  「…とにかく、寿さん、お願いね…」  と、言うなり、電話を、切った…  私は、唖然とした…  同時に、うまいやり方だと、思った…  引き受けるとも、引き受けないとも、こちらが、言わない間に、一方的に電話を切る…  いくら、頼んでも、私が、引き受けない可能性が、高いからだ…  だから、一方的に頼み込んで、電話を切る…  頭には、きたが、これが、一番いいやり方かも、しれない…  そう、思った…  そして、そう思うと、  …さすが、ユリコ…  …ユリコだ…  まさに、敵ながら、あっぱれ…  実に、あっぱれだと、思った…  頭には、きたが、同時に笑える…  いかにも、やることが、ユリコらしい…  実に、ユリコらしいと、思った…  そして、この後、どうするか?  考えた…  ユリコの言う通り、伸明に会うか、否か、考えた…  実のところ、伸明には、会いたい…  結婚のこと…  そして、FK興産のこと…  これらのことを、どう思っているのか?  伸明の心の内を知りたい…  そう、思った…  そして、そんなことを、考えていると、  …結果的に、ユリコの言う通りになるかも、しれない…  …伸明に会うことになるかも、しれない…  と、思った…  これは、癪…  実に、癪だった…  なぜなら、天敵のユリコの言う通りに、自分が、動くことになるからだ…  実に癪だが、伸明に会いたい気持ちは、変わらない…  これは、一体、どうすれば、いい…  伸明に会うべきか?  それとも、  伸明に会わないべきか?  自問自答した…                <続く>
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