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そして、それを、聞いた私は、思わず、
「…助けて、やらないんですか?…」
と、聞いた…
つい、口に出してしまった…
すると、ユリコが、
「…額によるんじゃない…金額によるんじゃない…」
と、言った…
当たり前だった…
「…どこの家庭も、そうでしょ? …兄や、妹の家計が、火の車だと、知って、助けてやりたくても、それは、金額による…」
「…」
「…まして、五井長井家の当主は、評判が悪かった…だから、本家を含め、誰も、力を貸して、くれなかった…自業自得よね…」
「…」
「…でも、娘は、父親をそう見ていなかった…父親が好きだった…だから、許せなかったんだと、思う…」
「…」
「…だから、お嬢ちゃん…生粋のお嬢ちゃんなのよ…もっとも、あのお嬢ちゃんだって、歳を取り、四十、五十になれば、違うでしょうけれど…」
ユリコが、笑う…
私は、それを、聞いて、ユリコの言う通りだと、思った…
たしかに、若ければ、若いほど、視野が、狭くなる…
そして、自分勝手になる…
だから、あの長井さんは、自分の父親の危機を五井本家が、救ってくれるはずと、単純に思い込んでいたのだろう…
同じ五井一族だから、救ってくれると、思ったのだろう…
私が、そう考えていると、
「…だから、利用しやすかった…」
と、ユリコが、突然、言った…
「…だから、あの長井のお嬢ちゃんを通じて、あの菊池リンに、あることないこと、告げた…あの菊池リンは、五井の女帝の孫…あの女帝を、困らせるには、うってつけ…まさに、うってつけの相手だった…」
「…」
「…で、それを、知った和子は、激怒した…私は、和子の怒りを増幅させた…」
ユリコが、告白する…
「…だから、正直、このままでは、私の身が、危うい…」
ユリコが、一転して、切羽詰まった声で、言う…
「…だから、お願い、寿さん…伸明さん…五井の当主に頼んでくれないかな…」
「…エッ?…」
思わず、声に出した…
まさか、ここで、伸明の名前が出るとは、思わなかった…
五井家の当主の名前が出るとは、思わなかった…
「…伸明さんに、頼んで、五井の女帝の怒りを鎮めて、もらえないかな…」
ユリコが、懇願する…
そして、そのことで、ようやく、なぜ、ユリコが、こんな時間に、私に電話をくれたのか?
わかった…
ようやく、ユリコの目的がわかった…
夜の十一時に電話をかけてきた目的が、わかった…
たしかに、ユリコの言う通り…
ユリコの怒りを鎮めることが、できる人物と言えば、伸明…
五井家の当主しか、思い浮かばない…
和子は、五井の女帝と呼ばれているが、名目上は、伸明の下…
明らかに、下だ…
だから、伸明が、和子に頼み込めば、なんとか、なるかも、しれない…
いや、
なんとかは、ならないかも、しれないが、少しは、怒りを和らげることが、できるかも、しれない…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、それを、思えば、誰もが、考えることは、同じ…
同じだと、思った…
私が、もし、ユリコの立場なら、きっと、同じことを、したかも、しれない…
なぜなら、ほかに、選択肢が見つからない…
和子の怒りを鎮める選択肢が、見つからなかった…
が、
正直、躊躇した…
なぜなら、そんなことを、すれば、下手をすれば、私が、和子の怒りを買いかねないからだ…
当たり前だ…
だから、躊躇した…
また、なにより、頼んできた相手がユリコだ…
私の天敵のユリコだ…
その天敵のユリコが、私に頼み込んでくるなんて、あまりにも、虫がいいというか…
虫が、良すぎる(爆笑)…
私は、思った…
私は、考えた…
だから、私は、答えなかった…
すぐには、答えなかった…
が、
いつまでも、答えないわけには、いかない…
数十秒…
あるいは、一分を過ぎてから、
「…申し訳ありませんが…」
と、断ろうとした…
当然だ…
ユリコのために、動いて、和子を敵に回したくはない…
当たり前だ…
すると、ユリコが、
「…菊池リン…」
と、いきなり、言った…
「…彼女が、どうしたんですか?…」
と、つい、聞いてしまった…
反射的に、聞いてしまった…
「…あのコ、以前、ジュンと婚約したでしょ?…」
思いがけないことを、言った…
すっかり、忘れていたことを、言った…
「…私、あのときに、色々、五井のことを調べたのよ…」
「…五井のこと?…」
「…正直、ドロドロ…ドロドロの人間関係…」
「…ドロドロって?…」
「…人間関係の恨みつらみが、激しい…」
「…」
「…現に、あの菊池リンだって、父親は、五井長井家の出身で、あの五井の女帝と、ソリが合わなくて、五井東家を出て行ったでしょ?…」
「…エッ?…」
思わず、声に出した…
だからか?
私は、思った…
だから、このユリコは、あの菊池リンを使ったんだ!…
あの菊池リンを利用したんだ!…
あの菊池リンもまた、あの五井の女帝に、恨みを抱いていた…
だから、その恨みを利用した…
そして、あの長井のお嬢様も、また、あの五井の女帝に恨みを抱いている…
だから、互いに、五井の女帝に恨みを抱いている者同士、利用しやすかった…
そういうことだ…
「…そして、その人間関係のドロドロは、他にも、いっぱいある…」
「…どういうことですか?…」
「…五井は、四百年の歴史がある…でも、四百年の歴史があるってことは、同じ五井と名乗っていても、血は薄い…もはや、他人に近いぐらい血が薄い…だから、今は、一族は、結婚は、一族内で、結婚する…結婚相手を、一族内で探す…」
「…」
「…で、その結果、どうなったと、思う?…」
「…どうなったか? …わかりません…」
「…簡単よ…今度は、一族内で、あの家の長男は、五井何々家の次女と、結婚して、その長女の方は、別々の五井の家に、嫁いでとなった…」
「…それが、どうしたんですか?…」
「…つまり、政略結婚ね…好きでも、ない相手と結婚する…その結果、双方に不満がたまる…そして、最悪、離婚する…一族内の結婚が、うまくいってない実例…」
「…」
「…まあ、だから、私もつけ入る隙があったんだけれども…」
ユリコが、告白する…
それを、聞いて、呆気に取られた…
確かに、そうだろう…
ユリコの言う通りだろう…
五井は、血が薄くなりすぎたから、原則、結婚は、一族内で、する…
一族内で、結婚相手を探す…
つまり、政略結婚と同じだ…
要するに、好きでもない相手と結婚する…
だから、不満がたまる…
互いに結婚相手に不満がたまる…
そういうことだ…
皮肉にも、一族の結束を高めるために、同じ一族内で、結婚を奨励しているにも、かかわらず、その結婚が、裏目に出ている…
これは、皮肉…
皮肉に他ならない…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、それを、思ったとき、
…だからか!…
と、気づいた…
なぜ、私を伸明が、好きなのか?
気づいた…
要するに、一族内の結婚の失敗例を見ているからだ…
血の維持のために、無理やり一族内で、結婚をして、うまくいかなった実例を目の当たりにしているからだろう…
だから、伸明は、私に目を向けた…
あえて、一族外の私に目を向けた…
そういうことだろう…
私は、気づいた…
そして、そんなことに、気づいた私に、
「…とにかく、寿さん、お願い…」
と、ユリコが、声をかけた…
こちらが、引き受けるとも、なんとも、言わないにも、かかわらず、声をかけた…
「…とにかく、寿さん、お願いね…」
と、言うなり、電話を、切った…
私は、唖然とした…
同時に、うまいやり方だと、思った…
引き受けるとも、引き受けないとも、こちらが、言わない間に、一方的に電話を切る…
いくら、頼んでも、私が、引き受けない可能性が、高いからだ…
だから、一方的に頼み込んで、電話を切る…
頭には、きたが、これが、一番いいやり方かも、しれない…
そう、思った…
そして、そう思うと、
…さすが、ユリコ…
…ユリコだ…
まさに、敵ながら、あっぱれ…
実に、あっぱれだと、思った…
頭には、きたが、同時に笑える…
いかにも、やることが、ユリコらしい…
実に、ユリコらしいと、思った…
そして、この後、どうするか?
考えた…
ユリコの言う通り、伸明に会うか、否か、考えた…
実のところ、伸明には、会いたい…
結婚のこと…
そして、FK興産のこと…
これらのことを、どう思っているのか?
伸明の心の内を知りたい…
そう、思った…
そして、そんなことを、考えていると、
…結果的に、ユリコの言う通りになるかも、しれない…
…伸明に会うことになるかも、しれない…
と、思った…
これは、癪…
実に、癪だった…
なぜなら、天敵のユリコの言う通りに、自分が、動くことになるからだ…
実に癪だが、伸明に会いたい気持ちは、変わらない…
これは、一体、どうすれば、いい…
伸明に会うべきか?
それとも、
伸明に会わないべきか?
自問自答した…
<続く>
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