黒板奇譚

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 髪を乱し、顔面蒼白で駆け込んできたのは、約五分前に出て行ったばかりの教師だった。 「無事ですよ。」 「職員室のメーターに魔の反応が感知されて……!く、……黒の悪魔が出たのかと……!」 「あ、そいつ澤田が退治しました。」 「たっ……!」  退治ぃいい?!と叫ぶ教師。  そしてくるりと振り返るとガシッと学級委員の肩を掴んだ。 「島崎!本当か?!」 「誓って本当ですよ。」 「どうしてそんなことになったんだ!?」 「ちょっと魔女と死神と、あとよくわからない諸々の具合が奇跡的に噛み合ってですね……」 「島崎、俺は常々お前に“クラスメイトに危ないことをさせるな”と言ってきたじゃないか!どうして魔女とか死神とかよくわからない諸々に好き勝手にさせたんだ!下手すればみんなお陀仏になっていたかもしれないんだぞ!」 「あ……やっぱり怒られた……」  島崎は、“もしかして、って思ったんだよな”と、遠い目をした。  悪魔が出た時、教師が常に彼に与えていた遠回しな警告の対象が『黒の悪魔』であったことを、彼はなんとなく理解した。しかしそれを認めるということは、自分がクラスメイトの監督を怠ったことを認めるということでもあり。  だからいい感じに誤魔化そうとしたのだが、ダメだった。  しょぼん、と項垂れる島崎を、まあまあ、と光寺が励ました。 「結局悪魔は退治できたんだし。澤田はよくわからない才能を覚醒させたみたいだし。結果オーライ。」  ですよね、先生。  光寺がそう言って笑う。銀坂もくいっと眼鏡を持ち上げて頷く。  教師は、そんな生徒たちを見て、一瞬ぼうっとしたような表情を浮かべた。  そして。 「あ、ああ……そうだな…。」  教師は少し落ち着いた様子で、「責めて悪かったな島崎」と言った。いえいえ、こっちにも落ち度は色々ありましたし、などと言う彼に、教師は奇妙な表情を浮かべた。それは素直な微笑のようでもあり、どこか哀愁を含んだ顔のようでもあった。 「それじゃ、俺は色々報告とかあるから……それまでちょっと休み時間は延長だ。」 「いよっ!先生太っ腹!」  褒めても何も出ないぞ、と。  教師は五分前と同じことを、ほんの少しだけ違う表情で言って。そしてガラリとドアを開けて出て行った。 ……そういえば、うちらずっと悪魔が封印されてた黒板使ってたのね。 …………まじに考えるとヤバくない? ……先生授業中ガンガンチョーク叩きつけてたじゃん。 …あれ、実は悪魔怒らせてたとかない? …………やめよーぜ、考えるだにおっそろしい。  教室から、生徒たちの声が漏れ聞こえてくる。  ずるずる、と。  教師は廊下の壁にもたれかかった。 「……にいさん。」  ポツリ。口からこぼれ落ちた呟き。  教師の目から、涙が一筋流れた。 「俺の生徒が……敵を討ったよ。」
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