黒板奇譚

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 少年は、無力だった。家族の訃報を聞いて。きみの兄を助けられず申し訳なかったと謝る封印師の大人を、ただただ茫然と見上げていた。  青年は、無力だった。どんなに調べ尽くしても、悪魔を退治する方法は見つからない。存在しないのだ。いつの日か恨みを晴らしたい一心で、ただその黒板の近くに立つために教員免許を取った。  男は、無力だった。チョークを叩きつけるように毎日文字を書いた。それ以外にできることなど、何もなかった。  ……けれど。 「子供ってのは……大人の予想を遥かに超えるもんだな。」  俺たちの手など借りずとも、どんどん成長する。  自分にできなかったことを、彼らは爽快なスピードカーレースのような勢いで成し遂げてしまった。  ……教師は、一つ。ため息を吐く。 「……あんな凄いやつらのために、俺に何ができるかな。」 ————なんでも。  どこからか、あの日のままの優しい声が聞こえた気がして。  ふ、と教師は笑みを浮かべる。  そうだな。何でも、だ。と呟くように言って、彼は寄りかかっていた壁から背を離した。 「何でも、やってやるよ。……なあ、兄さん。」  涙を拭いて、歩き出す。  教師の日常は、これからもずっと続いていく。 (完)
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