黒板奇譚

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 ガンガンガン。  チョークをありえない勢いで叩きつけながら、教師が白く文字を羅列してゆく。  一般的な中学校の授業風景である。  とある生徒が、「先生!質問です!」と手を挙げた。 「黒板って、黒くないですよね!」 「そうだ。濃い緑色だ。」 「なぜですか!」 「知らねえのか。万が一にもこれを純黒にすれば、お前ら全員お陀仏だぞ。」 「————はい?」  もう一度言う、これを純黒にすれば、お前ら全員お陀仏だ。  そう教師は朗々と宣言し、そしてその瞬間に鐘が鳴った。キーンコーンカーンコーン。 「よし、授業終わり。昼寝なりダンスパーティーなりパン食い競争なり、お前らの好きに五分休みを消費しろ。」 「先生、宇宙人に自慢できそうな科学実験大会やってもいいですか!」 「五分以内に終わるなら許可する。」 「やった!先生太っ腹!」 「褒めても何も出ないぞ澤田。それと、実験の注意事項だ。くれぐれも宇宙に住まう一生命体としての恥を晒すな。」 「はいっす!」  ガラ、とドアを開けて、教師が出ていく。  教室には、およそ三十名の生徒が残された。  彼らはヒソヒソと、先ほどの教師の発言の意図についての話し合いを始めることとなる。 「お陀仏って……死ぬって意味だよね?」 「それ以外になんかあんのか?」 「ないな。」 「てか何だよ。黒板を黒くしたら死ぬって意味わかんねえよ。」 「だな。」  教室の前方、すなわち黒板の前に群がる生徒たち。後方では何やらビーカーやフラスコやガスバーナーを使った科学実験が始まっているが、それは無視してもいいだろう。 「いっそのこと、ちょっと試してみたらいいんじゃない?」 「おいおい本気かよ光寺。」 「……要するに死ななければいいのですよね。みなさん。」 「銀坂も急にどうした!」  キラキラの金髪少女と、眼鏡をかけて前髪を長く垂らした少年が、相次いで前に出る。 「大丈夫!魔法でちょちょっと黒くして、すぐに戻せばいいんだから!」 「この僕の死神の権限を使えば、三十人分の不死身モード一分くらい余裕ですとも。」 「ちょちょちょ!!お前ら何言ってんの?!」 「「……?聞いてわかりませんか?」」 「わかるわけないだろ!」  ツッコミでゼエハアと息を切らすのは、学級委員の島崎である。野球の応援で鍛えた肺活量も、実はあまり役には立たない貧弱なものだったのかもしれない。 「……すみません。」と最初に謝ったのは、銀坂だった。 「僕が死神の家系出身であること、一族の掟で『明かしてはならぬ』と定められていたのです。今まで隠していて申し訳ありません。」 「え?お前それ、たった今一族の掟破ったってことにならないか?」 「いいえ。掟によると、十四歳になれば公言してよいことになっています。」 「あ、そうなんだ。」 「つい一分十三秒前に僕は十四歳になりました。よって問題はありません。」 「なんだ!お前今日が誕生日だったのかよ!おめでとう!」 「ありがとうございます。」  そのやりとりを聞きながら、「あー、銀坂のところもそんな感じ?」と言ったのは、金髪キラキラの光寺。 「私のところはさ、魔力器官が発生した日から数えて十年十月十日が経てば緘口令が解除。」 「ほえー。」 「で、つい二分五十七秒前に私は魔女を公言していいってことになった!」 「おめでとう!」 「ありがとう!」  すごいな銀坂、死神だったのか!カッケーよ光寺、魔法使いだったのか!  みんなでワイワイ盛り上がる。教室の後方では相変わらずぷくぷくと何やら実験が進行中で、なぜかレモンやらスイカやらが次々と机の上に積み重なっていっていた。まあ、彼らは無視していいだろう。 「……で、どうするよ。」 「本当にやっちゃうのか?」 「いいよ、やっちゃおーぜ。」 「みんなを不死身にして、一瞬黒板を黒くするだけだ。魔法でな。」
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