第一章 

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─8─  カーテンから差し込む光で目が覚めた。  片方ずつゆっくり目を開け、横になったまま背伸びをする。  隣を見ると、奈々未の姿はなかった。  ベッドから降り、カーテンを開ける。  外を見ると、昨日の初雪は積もることなく、アスファルトを濡らしただけだったようだ。それでも、冬は手を伸ばすと届く距離にある。北海道は四季を楽しむ余裕なく、駆け足で季節は進む。  昨日と打って変わって、今朝はよく晴れていた。外は気持ちがよさそうだ。 「おはよう」  リビングに行くと、奈々未がキッチンに立っていた。 「おはよう。あの時間から洗濯終わらせてくれたのね。ありがとう」 「ああ、どうせ眠れないと思ったから。ついでだよ。里来は?」  キョロキョロと見渡すも、姿はない。 「奥の部屋にいるわよ。たぶん、タブレットで動画見てる」  見に行くと、うつ伏せになりながらタブレットに夢中になっていた。 「里来、おはよう!」 「とと! おはよー」  仰向けに体勢を変え、上に両手を上げる。 「なんだ? 抱っこか?」  里来は抱っこが好きで、散歩に行った時でさえすぐにせがむ。だが、いつまでそれが続くかわからないのだから、里来の気が済むまで降ろすことなく抱っこし続ける。  日に日に重くなり、成長を感じる体を抱き上げ、リビングへ連れて行く。 「健太郎、今日、あの施設に遊びに行かない?」 「施設? ああ、あの公園内のか? いいな。気晴らしに行くか、里来!」 「いくいく!」  手足をバタつかせ、にこにこ笑う。 「よかったな、里来。一緒に滑り台乗るか」 「うん!」 「じゃ、これからお弁当作るからもう少し待ってて。あそこの棚にパン入ってるから、それでもかじってて」 「ああ。わかった」  里来をソファに座らせ、テレビをつける。タブレットで見ていた動画を繋ぐと、すぐに夢中になった。 「ちょっと、二階で食べてきてもいいか? やりたいことあるんだけど」 「いいわよ。でも、準備もしててよ」 「うん、わかった」  俺はパンとコーヒーを手に、自分の部屋へ。  準備をしながら、気になっていたクローゼットを少しだけ整理することにした。出発まではもう少し掛かりそうだし、ある程度終わらせて、帰ってきてから続きをやればいい。  パンを咥えながら、クローゼットの中のものを出していく。越してきてからは余裕がなく、とりあえず詰め込んでいた状態だったため、何が入っているのか自分でも把握できていない。  だらしなく畳んであった服をハンガーに掛け、シワを伸ばす。畳んでタンスに入れるほどの服はないのだから、全てハンガーに掛けて収納するとしよう。その方が楽だ。  ついでに厚手のコートもそろそろ出しておいてもよさそうだ。いつ、雪が振り、気温がぐっと下るかわからない。  クローゼットの中に入り、どんどん服をハンガーに掛けていく。  最中、箱に躓き、壁際に少し寄りかかった時だった。背中に何か当たった感触があった。 「うん?」  スイッチだ。ということは、電気がつくのか?  押してみると、クローゼット内が明るく照らされた。 「こんなところにも電気がついているのか。便利だな」  明るくなったことで、クローゼット内がはっきりと見えるようになった。 「あれ、あんなのあったか?」  天井を見上げると、点検口のようなものを見つけた。  今まで住んでいた家には設置されておらず、どんなものなのか気になった。すぐに踏み台に乗り、取っ手を下に引っ張る。  ギィと、いかにも長い年月開けていなかったような錆びついた音と共に、小さな扉が開いた。  埃が舞い落ちてきて、咳き込む。  なんの気なしに開けてみたが、昨日のことが頭をよぎり途端に怖くなる。恐る恐る中に頭を突っ込み、覗く。  中は物が少し入れられる程度の広さ。薄暗くてよく確認できないが、奥の方にぼんやりと何か見える。 「箱……か?」  背伸びをし、箱に手を伸ばす。  指先が箱に触れた。指を動かし箱を少しずつ手繰り寄せる。 「よし」  両手で箱を取り、踏み台を降りクローゼットから出る。  埃が乗った箱はただの白い箱で、両手に収まるくらいの大きさ。  ガムテープで封がされている。 「いや、待てよ」    脳内で行動制限が発令され、箱を開ける手が止まる。  なんの気なしに箱を取ってしまったが、これは俺のものではない。となると、また、前の住人の持ち物なんじゃないのか?  もし、亡くなった家族の物だったとしたなら……。  急に怖くなり、箱から手を離す。  こんなところに物を入れておくなんて、見られてはまずい物だったんじゃないのか?  凶器? 何かの証拠?  いや、それはない。犯人はわかっているし、既にこの世にいない。  ならなんだ……。  しばらく悩んだ結果、そんなものがあれば、警察が押収したに違いなく危ないものではないだろうと結論付け、開けることに決めた。  箱は、ただ真ん中にガムテープが貼られているだけで、特別頑丈に封がされているわけではない。  よく、映画やゲームでみるような、怪しげな御札は貼られていない。  念の為、丁寧にガムテープを剥がし、開く。 「なんだよこれ……」  中に入っていたのは、イヤフォンだった。全て有線で、主に白と黒。年季が入っていそうなものから、真新しいものまでかなりの数が入っている。  それらは全て一つに絡まっていた。解くには根気が必要そうだ。  それにしても、なぜこんなに大量のイヤフォンが。  薄気味悪さを覚えるほどの量。もしこれが本当に、殺人犯の所有物だったとしたら、遺物ということになる。いや、呪物か?  とりあえず気味が悪いので、何もなかった、見なかったことにし、再び天井裏へ戻した。  奈々未には黙っておこう。  余計な心配をかける必要はない。  ほどなくして準備が整い、いつもの公園へ出かけた。  天気が良いせいか、厚手の上着では少し汗ばむくらいに暖かい。  施設には、他にも子ども連れ家族が多く来ており、子ども同士、仲良く遊んでいた。  子どもはいい。すぐに仲良くなれる。    昼になりお弁当を食べたあと、この町の木で作った積み木で遊んだり、絵本を読んだりと、ゆったり穏やかな時間を過ごした。昨日の恐怖でできた心の傷も、これで少しは癒されただろう。   「さて、そろそろ帰ろうか」  十五時過ぎ。  この時間でも暖かく、昨日、初雪が降ったとは到底思えない。これが最後の悪あがきで、明日からは本格的に気温が下がっていくのかもしれない。  遊び疲れたのか里来は、俺の背中で寝息を立てていた。  札幌にいたときは、こんなにものびのびと遊べる施設や公園が近くになかった。     里来にとってもこの町に来たことは良かったに違いない。ただ、家が問題なだけなんだ……。   「綺麗な夕日ね」  奈々未の言う通りだった。  柔らかい光が空一面に広がり、オレンジ色に染めていた。斜線状の雲が何本も伸び、その隙間から差す光があまりにも神々しく幻想的だった。  思わず、祈る。  どうか、俺たち家族を守ってくださいと。       
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