第一章 

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第一章 

─1─  夏を越え、白樺の木々は秋の装いを纏っていた。黄色みがかった葉、動物たちの栄養分となり剥げた幹。  そんな、一本の木の頂上に、三羽のカラスが身を寄せ合いとまっていた。 「里来、あのカラス見てみろ。里来と、かかと、ととみたいだぞ。あのカラスも仲良しなんだな」 「おんなじだね! さむくないかな?」 「仲良く、くっついてるから寒くないよ」 「じゃ、かかも里来にくっつくー」    緑豊かで閑静な町並みが続く。  田舎町でよく見かける、シャッター通りは見当たらない。その分、建物自体は少ないが、寂れた町という印象もない。  ここは、北海道で最も多くの工場が集まる町。人口こそ少ないが裕福な町で、公共施設も充実している。そして何より、子供を育てるための、十分すぎる環境が整っている。多種多様な支援があったり、綺麗な公園、体験型の図書館。幼稚園、保育所、小学校、中学校、高校までしっかり完備。  俺たち家族は、今日からこの町で暮らすことになる。  転勤が告げられたのはほんの一ヶ月前。  俺の職場は、北海道の札幌に本社がある大きな食品会社。本社ではなく札幌郊外にある工場で勤務していた。  二十四歳で入社して以来、五年間、経理を担当している。   将来的には本社勤務を目指しているのだが、うちの会社には順序というものが存在する。本社勤務になるためには、ある工場勤務を経由しなければならないというもの。それこそが、俺が転勤を命じられたこの町にある工場だ。  うちの会社で一番の規模を誇る大きな工場であり、売り上げの半分以上をこの工場が担っている。その分、仕事量も増えるのだが、待遇もよくなり、暮らしやすい町ということで、札幌に戻りたくない人が現れるほどの人気ぶり。そんな事情を知る俺には嬉しい転勤の話だったが、妻にとってはただの田舎に行くだけ、つまらない、近所との付き合いが面倒になるなど、ネガティブなイメージしかない。  予想通り、札幌で生まれ育った妻の奈々未は当初、田舎へ行くことに肩を落としていた。しかし、物件探しに一度この町を訪れた際、すっかり気に入ってしまい、それからというもの、引っ越しの日を待ち望むようになっていた。綺麗な町並みも魅力の一つだが、子育てに対し町の真剣な取り組みを知り、感銘を受けたようだった。そんな妻を見て俺はほっと胸を撫で下ろした。俺にとって家族は自分の命よりも大切であり、二人の幸せは俺の幸せでもある。 「着いたよ」  新しい住処に選んだのは、白が基調の一軒家。築十五年ということだが、綺麗にリフォームされており清潔感もある。妻は、アパートでもいいと言ってくれたのだが、広々としたこの家で、息子に伸び伸びと暮らしてほしかった。札幌の家では音に気を使い、自由にさせてやれなかった。でも、一軒家なら多少の大きな音でも心配する必要はない。  妻は庭で植物や野菜を育てたいと、本を買い漁り調べている。  この町には、普段の生活に困らない程度の店もそろっている。大きな街までは車で一時間ほど。不便はない。 「業者さんが来るまで、少し時間あるわね。ご近所さんの挨拶済ませちゃう?」 「そうだな」  札幌ではさほど重要でない近所への挨拶回りだが、田舎町では、こういうことはしっかりとやっておくのが得策だろう。どこまで挨拶に行くかも悩みどころだ。   一軒一軒、菓子折りを配りながら挨拶を済ませていく。今のところ悪い印象を抱く住人はいない。若い人も多く、妻は安心した様子だ。  そして、最後はお隣さんへ挨拶に向かう。  インターフォンを押すとすぐに出てきたのは、少し腰の曲がった年配風の女性。 「本日、隣に引っ越してきました咲原と申します。妻の奈々未と息子の里来です。よろしくお願いします」 「あら、わざわざありがとう。息子さん何歳?」 「三歳になります」と、妻が応える。 「この町は暮らしやすいからきっと気にいるわよ。こちらこそよろしくね」 「よろしくお願いします。それでは失礼します」  そう言い、玄関のドアを閉めようとした時だった。 「──音には、気を付けて」  熱を帯びない、まるで、機械音声のような声が、ドアの隙間から聞こえてきた。あまりの変わりように動揺した俺は、「はい」と応えるのが精一杯だった。  静かにドアを閉め、思わず妻の顔を見る。妻も同じように動揺した表情でこちらを見ていた。  今のはなんだったんだろう。 「お隣さん、音に敏感な方なのかしら」  奈々未が不安そうな顔でドアを見つめる。 「まあ、お隣さんといったって離れてるんだ。大丈夫だよ」 「そうよね。気にしすぎもよくないわね」  不安を悟られないよう精一杯の作り笑顔を見せる。    自宅へ戻り、程なくすると、引っ越し業者が到着し、あっという間に荷物が運ばれた。俺達は片付けに追われ、先程の不安は消え去っていた。      
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