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─6─
憂鬱なまま朝を迎えた。
主任の言葉に、頭の中を占拠され昨晩。ベッドの中で寝ては起きてを繰り返し、気づけば、スマートフォンのアラームが鳴っていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日がやけに眩しい。
寝室から直接、洗面所へ急ぐ。二人にはひどい顔を見られたくない。
案の定、鏡に映った顔は青白く、目の下にはひどいクマ。これでは、映画に出てくるゾンビのように、そこら辺を徘徊していてもおかしくない。
冷水で顔を洗う。奈々未のクリームを借り、見様見真似で顔をマッサージしてみる。確か、拳を作り、輪郭に沿ってグイグイと上に流していたような。
「痛って」
こんな痛いことを奈々未は毎日してるのか? 骨がどうにかなりそうだ。あとは、目の周りをぐるぐるとしてたな。
「これは、まあ、気持ちいいかもしれない」
女性は大変だな……。
鏡を確認すると、少なくとも生きている人間の顔にはなったが、どうも顔についたクリームの匂いが気になる。
「おはよう」
「おはよう、健太郎」
リビングに行くと、ソファの上で里来がうつ伏せで眠っていた。
「健太郎、昨日、あんまり寝れなかったんじゃない?」
「ごめん。うるさかったか?」
「そうじゃなくて、寝返り多かったから」
「疲れがたまってくると、寝付き悪くなるからそのせいだと思う」
「これ、昨日買っておいた栄養ドリンク。飲んでいったら?」
俺が昔から愛用している栄養ドリンク。
奈菜未はそれ両手に持ち、目の前に差し出す。
「買ってくれてたのか?」
「うん。最近、疲れてそうだったから。ねえ、健太郎のことだから、新しい職場で頑張りすぎてるんじゃない?」
「奈々未……。大丈夫、ありがとう」
思わず、話してしまいそうになる。
溢れ出る言葉に蓋するようにキスをし、また、胸の中にしまい込んだ。
俺はいつも奈々未のさりげない気遣いに救われている。俺はその優しさに応えられているのだろうか。
優柔不断、臆病、考えすぎ……あげればきりがない短所。
そんな俺と家庭を築くことを選んでくれた奈々未。そして、俺たちを選んでくれた里来。こんなことで眠れなくなっているようでは、二人を守り切ることことなどできやしない。
もっと強くなりたい……。
結局、家を出るまで里来は起きることはなかった。お見送りがないのは寂しいが、寝る子は育つ。元気でいてくれればそれでいい。
車に乗り込み、奈々未にもらった栄養ドリンクを一気に飲み干し、気合を入れる。
今日は信号を避ける道を選択し、少しでも早く会社へ向かう。とにかく今は、昨日の真相を聞き、胸の靄を晴らしたい。
このままでは不安だけが大きくなり、俺のことだ、ありもしないことまで考え出し、見えないものまで見えると言い出しそうだ。
時間の短縮で選んだ裏道だったが、こともあろうか、工事中で通行止め。結局、大通りに追いやられてしまった。
信号待ちで、ふと、空を見上げると、今の気持ちを表しているかのように、灰色の分厚い雲が、青い空を覆いはじめていた。
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