第一章 

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「私たち、どうなっちゃうのかな」  里来を寝かしつけたあと、コーヒーで一息つく。幸い、里来は何も見ていなかった様子で、今のところ変化は見られない。 「お金ならなんとかするから、引っ越すことを一番に考えよう」 「でも、今回の引っ越しはだいぶお金かかったし、家財道具も新調しちゃったし、あんな大金、うちにそんな余裕ないわよ」  確かに、貯金は底をつきそうだ。 「そうだけど……。それより、家が原因だとわかってよかったじゃないか。家を出ていけばいいだけなんだからさ」  今、俺の考えうる一番の前向きな言葉を言ってみる。 「そう考えることもできるけど、そんな簡単なことなのかしら」  当然の反応だ……。 「大丈夫。とにかく今は、引っ越すことを考えよう」  ここ最近の俺は、根拠のない大丈夫を多用しすぎている。ここぞと言う時に使わなければ、オオカミ少年のように、誰も俺の話を信じてくれなくなる。 「ねえ……。アレ、なんだと思う?」 「アレな……」  今でも、目を閉じると瞼に焼き付いている。  いや、脳裏に焼き付き、目を閉じる必要はない。いつでも思い出せてしまう。 「たぶん、父親だろうな」 「やっぱりそうよね……」  大きなため息をつきながら奈々未は、うなだれるようにダイニングテーブルに突っ伏す。 「何があったんだろうな」 「理由なんて関係ない。子どもを殺すなんて、人間のやることじゃないわよ。最低よ!」 「おい、あんまり刺激するなよ。どこで聞いてるかわかんないんだぞ」 「ごめんごめん」  奈々未は体を縮め、小さな声で両手を合わせる。 「さてと。今日は疲れちゃったからこのまま寝ようかな。健太郎は?」 「風呂入ってから寝るよ」 「じゃ、先に寝るね。おやすみ」 「怖かったら、灯りつけて寝てていいよ。俺が寝る時に消すから」 「うん、わかった。ありがとう」  俺はカップの中に残った、冷めたコーヒーを一気に流し込み、リビングの電気を消し、脱衣所へ向う。  服を脱ぎ捨て、引っ越しと同時に購入したドラム式洗濯機に投げ入れる。布団に入ったってどうせ、今夜は眠れるはずがない。今のうちに溜まってる洗濯物を回しておこう。  歯ブラシに手を伸ばすと、鏡に写る自分と目が合った。思わず、昼間のアレを思い出す。  鮮明に蘇る記憶。  黒い影。こめかみから血を流し、口を塞ぐ青白い手。 「あっ……」  思い出した。  あの時、『あれ』が木津の耳元で何を囁いたのか、帰り際に聞いたんだった。  色んなことがありすぎて、すっかり失念していたが……。  確か……。 「うるさい」  そう言われたと言っていた。  だから、木津の口を塞いでいたのか。  しかし、なぜ「うるさい」なんだ。確かにあの時、木津は奇声を発しうるさかったのは間違いない。それでも、幽霊がうるさいって、何か意味があるのだろうか。  ふと、鏡の自分を昼間の木津と重ねる。   「ここにいるんだよな……」  自分で言っておきながら、ぶるっと寒気が全身を駆け巡る。悪寒なのか外気が下がっているせいなのか。  考えるのはよそう。  ぶつぶつと独り言を言っていると、また『アレ』がやってくるかもしれい。  とにかく今は金策だ。この家を出てしまえば、また、平穏が戻って来るんだ。    仕方ない。近い内に、母さんに連絡してみるか……。  
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