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─12─
雪のちらつく、薄暗い朝だった。
今日は、妻鳥主任から紹介してもらった霊能者に会う日。
疑っているわけではないが、詳しい情報を入れずに来てもらうことになっている。
妻鳥主任の叔母でもある霊能者は、妻鳥育恵。独身で66歳。主任の話では、霊能者として生きてきた影響で、すっかり婚期を逃し、気づけばこの年齢になっていたらしい。
以前は、霊能者に批判的だったが、現在、自分が置かれている状況を考えれば、他にも同じような悩みを持っている人がいてもおかしくないと、考えるようになった。
病気は医者が、歯が痛ければ歯科医が治し、呪われたら霊能者が祓う。
まあ、今なら理解できる。
「健太郎、霊能者ってどんな人なのかな」
奈々未がテーブルを拭く手を止め、こちらを見た。
「妻鳥主任の叔母だっていうんだから、きっと信用できる人だよ」
「──そうよね。ごめんね、いつからこんなに心配性になっちゃったのかしら」
「当然だよ。自分たちではどうにもならないことだから、余計不安だよな」
「どう向き合ったらいいのかもわからなくて」
「生きてる俺たちのほうが強いはずなんだけどな……」
どうして実体のない幽霊なんかに、生活を脅かされなければならないんだ。
「お茶菓子にどら焼き買ってきたんだけどよかったかな」
「いいじゃん。しかもそれ、芳野さんのところのだろ?」
「うん。この町の人じゃないから、地元の物にしようかなって思って」
「どら焼き、俺の分もある?」
「──あるわよ」
にやっとしながら冷蔵庫を開け、どら焼きの入った箱を見せてくれた。
「後で一緒に食べましょ」
里来の好物でもある、芳野さんのどら焼き。和菓子中心のお店で、特に見た目の美しい菓子を作る。
そろそろ約束の時間だ。
どんな結果になるのか不安ではあるが、希望はまだある。長年霊能者一本でやってきたのなら、経験も豊富。案外、あっさりとお祓いが終わり、何事もなかったかのように元の生活が戻ってくるかもしれない。
九時五十分。インターフォンが鳴った。
「俺が出るよ」
微かな鼓動の震えを感じながら、玄関のドアを開ける。
「おはようございます」
「妻鳥育恵と申します。本日はよろしくお願いします」
妻鳥さんは、雪のように真っ白な白髪で、長い髪の毛を一つにスッキリとまとめていた。
あっさりとした綺麗な顔立ちだが、無表情で、感情が読めない。
「寒い中、ありがとうございます。まずは、お入りください」
妻鳥さんは、体に降り積もった雪を払い、ブーツを脱ぎ、綺麗に揃えた。
全ての動作が丁寧。
「お邪魔します」
リビングへ通すと、奈々未と里来が出迎えた。
「本日は遠いところからお越しいただきありがとうございます」
「いえ。ご丁寧にありがとうございます」
今のところ、霊能者に変化は見られない。表情も変わらず、ニコリともしない。
ソファに座ってもらい、奈々未がすぐにどら焼きとお茶を用意する。
「こちらが里来くんですか?」
「はい。里来、何歳か言えるな?」
「さんさいです!」
自慢げに指を三本、突き出す。
「三歳なの。ちゃんと言えて偉いのね」
微かに笑みがこぼれた。
目尻に深い皺ができ、優しい表情に変わる。
普段からよく笑っていなければ、あの皺はできないのではないだろうか。
主任が、今でも甘やかされていると言っていたので、家族の前ではもっと柔らかな表情を見せているのかもしれない。
里来はニコッと笑ったあと、俺の膝の上へ座った。奈々未は、俺の隣へ腰を下ろす。
いつの間にか元の表情に戻っていた妻鳥さんは、お茶を一口すすり、「美味しいお茶ですね」と表情を変えずに、また一口すする。
「さて、さっそくなんですが私の見解をお話してもいいですか?」
「えっ? あっ……はい」
急展開に動揺し、唇を噛んでしまった。
「まず、この家には三人家族が棲みついています。咲原さん家族によく似た構成です。子どもは、里来君と歳が近いと思います」
すごい。今のところ全て当たっている。
「相当残虐な事件があったようですね……」
部屋中をぐるっと見渡す。
「はい。この家は事故物件だったんです」
「やっぱり」と頷く。
「最初は、気のせいだと思っていたんですが、次第にそれでは済まされないようなことが起こりはじめたので、妻鳥主任に相談させてもらいました」
「あの子も私に似たのか、幼いころから色々見えてしまって苦労してきたのよ。幸い、大人になるにつれその力はなくなっていったからよかったけど」
妻鳥さんの口ぶりは、まるで、力などいらないと言っているようだった。
「ここに棲みついている家族で、一番やっかいなのは母親ですね。この場にもいますし」
「そうなんですね……えっ?」
あまりにも自然な会話の流れだったので、危うく聞き逃すところだった。
「ここに……今、ですか?」
「ええ。あなたの後ろにいます」
ギョッとして、思わず肩に力が入る。
「それでは、詳しいお話を聞かせていただいてもいいですか?」
「──はい」
背中に神経が集中し、途切れ途切れになりながらも、なんとか事件の話やここで起こった不可解な出来事を説明した。
妻鳥さんは口を挟むことなく、ただ黙って聞いていた。
「──わかりました。次に家全体を見せてもらっても構いませんか?」
「ええ、もちろんです」
ずっと黙っていた菜々美が、立ち上がりながら応えた。
「奥様は、息子さんと一緒にここにいてください。恐らく、私と一緒に霊たちは動くと思いますので」
「は、はい」
不安げな顔で返事をしたあと、俺の顔を見た。
俺は黙ってうなずく。
「では、案内します」
「お願いします」
そうすると、妻鳥さんは数珠を鞄から取り出し、手に持った。
「キッチンやお風呂場、トイレは結構です。部屋を見せてください」
「あ……はい。では、奥の部屋から」
リビングと繋がっている部屋に案内する。
「ここは、リビングからもよく見えるようにドアを外しています。主に、里来の遊ぶ部屋です」
妻鳥さんは、天井から床まで視線を巡らせる。
「ここに、臭いが残っています。里来くんに何かありましたか?」
「えっ!? わかるんですか?」
「ええ。霊が人間に攻撃やコンタクトをとるとき、独特な臭いが出るんです。うーん、焦げた臭いに似ていますかね」
「は、はあ」
関心したというか、呆気にとられたというか……。
ただ一つ、わかったことがある。
妻鳥育恵は、『本物』だ。
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