第二章 

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 主任との話が終わり、所長にも時間を作ってもらうことができた。  所長は、まさか俺が何も知らずにあの家に住んでいるとは思いもよらなかったらしい。有名な事故物件ということもあり、有給を取ることになんら問題はなかった。むしろ、今すぐにでも出ろと言われる始末。  それに加え、知り合いにいい物件がないか聞いてくれると言っていた。  あとは、菜々美に話すだけだ。  せっかく、話しがまとまっていたところだったのに、今日の話を聞いたらショックを受けるに違いない。また不安にさせてしまうのかと思うと、気が重い。    仕事を定時で終え、帰宅する。  今日はトラブルもなく、平和な一日だった。  そのせいもあり、一日中、菜々美になんて説明をしようか考えてしまっていた。  主任と話していたことを、そのまま伝えてしまうのはまずい。里来のことで精一杯だというのに、俺に母親の霊が憑いているかもしれないなんて言ってしまったら、菜々美の精神が壊れてしまう。それは避けたい。だからと言って、嘘はもっとまずい。  気持ちがまとまらないまま、家に到着する。 「ただいま……」  重い気分のまま、玄関のドアを開ける。  あれ──この時間だと、里来がいつもお出迎えをしてくれるはず。それに、菜々美も出てこない。  胸騒ぎがし、急いで靴を脱ぎ、部屋の中へ。 「ただいま……」 「ととー」  ドアを開けると、頬に絆創膏を貼った里来が泣きながら、こちらを向いた。 「どうした!?」 「お友達と喧嘩したのよ」 「喧嘩? 里来が?」  意外だった。喧嘩をするようには到底思えない、穏やな性格のはず。 「里来、大丈夫か?」 「いたいー」  泣きながら、抱きついてきた。 「よしよし。痛かったな」と背中を擦る。  見た所たいした怪我ではなさそうだが、喧嘩というのは心配だ。 「相手は大丈夫なのか?」 「大丈夫。ちょうど、帰り際の喧嘩だったみたいで、あちらのお母さんに会えたの。そしたら、笑ってた。喧嘩ができる友達ができてよかったって。なんか、素敵よね。その言葉」 「そうだな。普通だったら、どちらが悪いにしてもまず怒るよな」 「そう思うよね。私よりずっと年上の方なんだけど、大人の余裕だなって思った。男だったら私、惚れちゃう」  ずいぶんと感化されたようで、感心しきりだった。 「ところで、どんな喧嘩だったんだ?」 「あー、喧嘩なんて大げさよ。ボールで遊んでて、取り合いになって相手が手を離した拍子に、里来にそのボールが当たって、尻もちついただけ」  そう言った後、なぜか小声で「ころんだのを、女の子に見られたのが恥ずかしかったみたいなの」と、クスッと笑った。 「なるほどね。里来も、女の子を意識するようになったのか」と、成長を感じる。 「里来。明日、お友達と仲直りしような。ごめんなさいするんだぞ。先にごめんさない出来る子は、えらいんだ。わかったか?」  口をとがらせながらも、「わかったー」と渋々納得したようだ。 「よし、えらいぞ。じゃ、一緒にお風呂入ろうか!」 「──うん」  まだ少し、ぐずぐずしているようだが、そのうち機嫌も直るだろう。 「あっ、健太郎」  里来を抱きかかえ、風呂場に向かおうと立ち上がった時、菜々美が引き留めた。 「うん?」 「あとで、聞いてほしいことあるんだけど……」  なんだろう。気になる。今、話してくれないかと、喉元まで出かかったが、呑み込み、 「──わかった」と、答えた。  なんだろう。改めて言ってくるなんて、不安になるじゃないか。  でも……里来のことですっかり飛んでいたが、俺も話したいことがあるんだった。  胃がキリキリと痛む。        
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