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第三章
─15─
「なんだか、久しぶりだな」
喫煙所にいると、戸田と新嶋がニヤニヤとしながら入って来た。
「おう、久しぶり」
俺は嬉しくなり、思わず顔がほころぶ。
「元気そうだな、二人とも。研修どうだった?」
二人は二週間近く、札幌に研修に行っていたのだ。スキルアップの為だ。この試験に受かると技能給が上がり、手取りが増える。
「疲れたよ。慣れない街で外に出るのも疲れるし、やっぱりこの町が落ち着くよ、俺たちには」と、戸田が新嶋の顔を見る。
「確かにね。でも、俺は札幌もいいなって思ったかな。やっぱり華があるよ。ずっと暮らすってなるとわかんないけど、気に入った」
まんざらでもない新嶋に、戸田は「ふーん」と不満げだった。
「ところで咲原、今晩、暇か?」
戸田が聞いてきた。
「今晩か……」
今朝の事が頭を過る。
奈々未は相当ショックを受けていた。起きてきた里来を何度も抱きしめたり、今日は仕事を休んで保育園も休ませると言っていた。なるべく近くにいたいらしい。
「今日は……」と言いかけたときだった。俺の電話が鳴る。
「ちょっとごめん」電話に出る。
「健太郎? 今大丈夫?」
奈々未だった。
「どうした? 何かあったのか?」
「今、お母さんから連絡あって、お父さんがちょっと怪我しちゃったみたいなの」
「えっ? 大丈夫なの?」
「パークゴルフやってたら、転んで足をくじいたみたいなのよ。それで、元気ないんだって。だから里来を連れて来てくれないかって言われたのよ」
「そっか。それは行ってあげた方がいいよ。久しぶりに気晴らしにもなるだろう。今朝もあんなことがあったし……」
「──うん、ありがとう。そうする。健太郎、晩ご飯どうする?」
「あっ……」
今ちょうど、二人に誘われている。
「さっき、戸田と新嶋から久しぶりに誘われたんだ……」
「あらそう! あなたも気晴らしに行って来たら?」
「いいのか?」
「ええ、もちろんよ」
「ありがとう。じゃ、ちょっとだけ行って来るよ。奈々未も気を付けて」
電話を切ると、二人がこちらを見ていた。
「と、言うことだ」
「やった! じゃ、いつもの焼き鳥屋にしよ!」
椅子に座っていた新嶋が背筋をピンと伸ばす。
「俺はどこでもいいよ」
「咲原はいっつもそれだ。自分の意見はないのか?」
戸田は呆れながら笑う。
「みんなの行きたいところでいいんだよ」
「わかったわかった。じゃ、焼き鳥屋に決まりな。仕事帰りまっすぐでいいか」
「じゃ、俺、予約しておくよ!」
「ありがとう。よろしくな」
俺がそう言ったあと、新嶋はすぐに電話をかけていた。
仕事が早い。
最近は暗い気分になることが多かった。奈々未といても、結局は引っ越しの話になり、ギクシャクすることもあった。
今日はお互い距離を置いて、いつもと違う場所でいつもと違う人と過ごすのも、いいのかもしれない。
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