第一章 

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─3─  日々の生活に追われながらも、一ヶ月を過ぎる頃には、町にも職場にも慣れ始めていた。この一ヶ月で季節は進み、標高の高い山では初冠雪を記録。平野部でもそろそろ初雪の便りが届きそうだった。 「奈々未、悪いな」 「いいのいいの。健太郎が家に人を呼ぶなんて初めてじゃない? その二人は相当、信頼できるのね」 「いや、そういう訳じゃないんだけど、なんとなく仲良くなれそうだなって思って」 「そのなんとなくって、結構大切なのよ。あまり固く考えないで、楽しめばいいのよ」  俺の手を握り、本人より嬉しそうに笑う。 「そうだな。ありかとう」  なぜだかわからないが、あの喫煙室で会った二人とはあれからも交流が続いていた。というより、あの二人が俺を気にかけてくれているようだった。何かと話しかけてくれたり、わからないことを教えてくれたりと、違う部署だというのに、よく世話を焼いてくれた。こんなことは初めてで、お礼がしたくなっていた。  そんな事を考えていたある日、喫煙室で三人で話していると、俺は自分の意識外から思いがけない言葉を口走っていた。 「今度の日曜、うちに来ないか?」  とても自分の口から発せられた言葉とは思えず、理解するまでに数秒かかった。自分でも、いきなり家って……と、引いたが、二人は驚きつつも快諾し、あろうことか「タコパがしたい」と要望まで出してきた。  まあ、こちらが考えるより気が楽だし、こういう気を使わないところが居心地のよさなのかもしれない。  午前十一時。二人が到着した。 「いらっしゃい」 「おじゃましまーす」  二人は六本パックのビール二つと、お菓子をいっばい詰め込んだ袋を両手に持って現れた。 「すごい量だな」 「里来くんと奥さんの分もあるからな。あれ、二人は?」    新嶋が視線を巡らす。 「友達の家に遊びに行ってくれたよ。男同士の方がいいでしょって」 「えー! 会いたかったのになー」 「俺も里来くんと遊びたかった」 「今度はいてもらうから。すまんすまん」  気を使わせたくないからと、妻は新しくできた友達の家へ遊びに行ってくれたのだ。だが、二人にそれは必要なかったようだ。 「準備はできてるから、さっそく焼くか」  こうして、職場で初めてできた友人たちと楽しい時間を過ごした。初めこそ緊張していたが、ホームともありすぐにほぐれ、久しぶりに大きな声で笑った。妻以外の人と、こんなに親しくなったのはいつぶりだろう。   「次、明太子入れたい!」 「お前、女子かよ!」  二人の掛け合いを眺めているだけで十分楽しい気分になり、心が温かくなるのがわかる。俺にもこんな同僚ができるなんて、札幌にいる頃には到底、想像できなかった。  今度こそ、奈々未を紹介しよう。きっと、奈々未もこの二人を気に入ってくれるはずだ。 「えっ?」  笑い声を制止させるように、唐突にスマートフォンが鳴った。どこかで聞いたことのある音。 「俺のだ……」 「出ないのか?」  戸田がたこ焼きを器用に返しながら、新嶋を見た。 「いや、非通知だし……それに、こんな音楽にした覚えないよ。てか、こんな音楽入っていよ」  止まらない着信音。 「これ、エーデルワイスじゃないか?」 「そうだ。どっかで聞いたことあると思ったら、エーデルワイスだったか」  この曲には馴染があった。  小さい頃、祖父の家に泊まった翌朝は、この音楽で目を覚ましていた。  祖父の町では一日に四度、時間を知らせる音楽が鳴る。このエーデルワイスは、朝の七時に鳴り、朝が来たことを知らせてくれていた。 「止まった……」  新嶋がスマートフォンを手に取った瞬間、それを待っていたかのようにピタリと止まった。   着信設定を見るも、ノーマルの着信音に設定されており、エーデルワイスはスマートフォンのどこにも入っていなかった。 「えっ、怖いんだけど。なんでこんな音なるんだよ」 「ちょっと、不気味だね」 「お前のスマホ、呪われてんじゃないのか?」 「やめてよ! 買ったばっかりなんだから!」  怯える新嶋を戸田がからかう。  そのあとしばらく、新嶋は納得のいかない様子でスマートフォンを操作していたが、特に変化はなく、それ以降、電話がかかってくることはなかった。  楽しい時間はあっという間にすぎ、十七時を回った。 「さて、明日からまた仕事だしそろそろ帰ろうか、新嶋」 「うん、そうだね」 「本当に片付けしなくていいのか?」  テーブルに散乱したゴミをまとめなが戸田が言った。 「大丈夫大丈夫。今日は、俺が呼んだんだから。二人とも、来てくれてありがとう」  何も考えず、心からスッと出てきた言葉だった。 「おいおい! ありがとうなんてどうしたんだよ! 今日で最後じゃないんだから。また来るよ」  新嶋が俺の肩を力任せに叩く。 「うん、また来て。妻も会いたがってたから」 「俺は里来くんに会いたい」  戸田はいつもにもまして野太い声で、真顔のまま言った。 「お前それしか言ってないな。戸田はほんとに子ども好きだよな」 「姪っ子が遠い所にいるから淋しいんだよ!」  一見、冷たそうな見た目をしている戸田だが、細かいことに気がつくし、意外に熱い心を持ち合わせている。 「そうだそうだ。今日撮った写真、あとで送るから」  写真を取ることが好きな新嶋が、何枚も撮っていた。今度、自慢のカメラを見せてくれるらしい。 「じゃ、また明日な!」 「ああ。また会社で」 「お邪魔しました」  外は日が暮れ、淡い碧色の空が広がりだしていた。奈々未もそろそろ帰って来る頃。今日ばかりは、俺の話をたくさん聞いてもらおう。  この町に来て、本当によかった。  
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