4thライブ in A駅

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4thライブ in A駅

 永遠湖最北端のN駅に別れを告げ、いよいよ湖の西側を南下していくことになる。昨夜豪遊したおかげか寝覚めはかなり良い。ほぼ無一文に戻ったとはいえ、千円程残っていたのでその有り金で野宿をしたコンビニにて朝食を買う。カップラーメンとうまい棒二本というささやかな朝食だったが、無いよりは何倍もいい。昨夜の寝床で腹ごしらえをして段ボールを返すと、次のライブポイントA駅を目指し俺たちは出発する。今回のハードケース担当は三国本人。一周回って元通り。昨夜の好循環もあってか三国も生き生きとした顔つきだ。シゲも死に顔から生き顔に戻っている。今日がみとな旅最終日かと思うと感慨深いが、A駅でのライブが待っている。感傷に浸るのはまだ早い。  永遠湖を左手に湖岸道路をひた走る。途中トンネルが幾つも続く道になった。その中でも一番長いトンネルが有名な心霊スポットであることを俺たちは知っていた。入口付近が近づくとうわさ通りの外見が見えてくる。入口のトンネルの淵はコケだらけで、いかにもという雰囲気だ。車が片側通行しかできない程横幅は狭い。内部に照明は一切なかったから、みんな自転車のライトを点灯させて前進していく。こんな時に限って俺が一番後ろだ。 「わーーーーーー!」 「オラーーーーーー!!」 「くそウ○コ駅ーーーーー!!!」  みんなの奇声がトンネル内にごだまするから、俺も便乗してわけのわからないことを叫び出す。そんな状況だったので、"背後について来てないかな"とか余計な想像の入り込む余地もない。心霊スポットに対する恐怖は"俺たちの夏"にいともたやすくかき消されてしまう。そしてあっという間にトンネルの出口へーー俺たち五人は永遠湖を一望できる光ある世界に戻った。撮影担当のタクトはトンネル走行中、片手でハンディーカムを持ちながら撮影していたようで、「何か変なものが映っているかも」と興奮ぎみだ。    その後はスイスイと進んで、午前中の内にA駅に到着する。ここは駅から少し離れると田園風景の広がる田舎だ。それもあってか駅前は人通りが少ない。観光地のあるN駅とはまた全然雰囲気が違う。寂れていると言っても過言ではない。それでも準備をし演奏を始める。駅前で歌うこと自体が楽しいから寂れてようがなんだろうが、とりあえず歌ってみるのだ。すると早速、見た目が明らかにギャルの二人組が近づいてきて、   「あの…失恋ソング歌ってくれませんか?」  突然のリクエスト。最近失恋でもしたのだろうか。俺は元々自分のオリジナルにとっておきの失恋ソングを秘めていたから、ここで演奏するのがぴったりだと思った。それはこのみとな計画の発案者であるミウに告白して失恋した時に創った歌だった。告白した後でも今まで通りの関係を壊したくなくて恋心を諦めようとする、切なさしかないザ・失恋ソング。歌い出すと、まるでさっき失恋したかのようなリアルさを伴って歌声に気持ちが乗る。  そして演奏を終えて彼女を見ると、ハンカチを目元に当てながら俯いている。どうも泣いているみたいだった。隣の友人が優しく慰めている。俺たちは黙ったまま彼女が落ち着くのを待った。 「ありがとう。実は最近失恋しちゃって。だから今の歌、めっちゃ心に刺さった…」そう言っていくらか投げ銭をすると、駅の改札に向かう二人。俺は彼女たちを追いかけるとギターにボディーサインを書いてもらって、「今日はありがとう。一日も早く失恋の傷が癒えるといいですね」そう言って見送る。失恋はやっぱり辛いものだから、手放しで喜ぶことはとてもできないけど、自分が100思いを込めて創った曲に、泣いてまで共感してもらえたことがなんだか嬉しくて、心に何とも言えない飽和光が灯った。    それから暫く演奏を続けていて、俺たちはハタと気づいた。ーー 人通りが少なすぎる ーー そういうわけで、道を挟んで向かいのスーパーの前に移動してみる。こっちの方は買い物客がいる分、駅前よりも人通りが多い。部活帰りの地元の中高生もチラホラ買いに来ている。それでもなかなか立ち止まって聴いてはくれなくて、痺れを切らしたシゲとタクトが客引きを始めた。そしてその合間をぬって交代で昼ご飯。幸い幾らか投げ銭を貰っていたので、おにぎりなど多少の食料はスーパーで調達可能だった。おかげで五人共それなりにお腹を満たすことはできたのだ。  シゲとタクトが声をかけて聴きに来てくれたのは女子中学生四人組や二十歳前後の男女三人組、そしてJK六人組だった。特にJKグループは"ファンになりたい"と公言までしてくれて、このみとな旅の出発地点であるO駅でのストリートライブにも来てくれることになる。ここまで人懐っこくされるとやっぱり嬉しいものだ。それにファンなんてついたことがなかったから、なんだか調子に乗ってしまいそうになり、"いかんいかん"と心を戒める。  このみとな旅が終わっても、俺たちのストリートライブは毎週金曜日の夜、O駅で続く。JKたちとは、「じゃあ来週の金曜日にO駅で!」そう言って別れた。約束通りちゃんと来てくれることを信じて。  彼女たちが去ってしまうと、いつの間にかもう午後三時近くになっていて、そろそろ出発しないと陽が落ちるまでにゴールにたどり着けない。最後にファンまでできて、きれいに締めくくることのできたA駅でのストリートライブを終えて、俺たちは自転車に跨った。俺はボディーいっぱいにサインの溜まったギターを背負う。そろそろボディーにサインしてもらわないとスペースが無い。    A駅からゴールの三国の家まではまだかなり距離があって、飛ばしても四時間くらいはかかりそうだった。もうこの旅の間にストリートライブができないという一抹の寂しさに後ろ髪を引かれながら、ゴールを目指す。  
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