ゴールへ向けて

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ゴールへ向けて

 もうあとは永遠湖を南下するだけだったのに、突然想定外の虚脱感に襲われてしまう。たぶんこれまでに溜まった疲労が一気に噴出してしまっているのだ。きっと各駅でのストリートライブが良い刺激になっていたのだろう、その緊張の糸がぷつりと切れてしまったような感覚もある。さっきシゲの表情をチラ見したが、やはり死に顔が復活していた。  歩道のない路側帯が延々と続いている。永遠湖を北上する時と似たようなシチュエーションだ。ペダルを漕ぐ足に思うように力が入らなくて路側帯からはみ出そうになると、トラックがけたたましいクラクションの音を残して追い越して行く。それでも虚脱感の中でなんとか理性を保ちながら進み続ける。このまま走り続けないと、陽が沈むまでに"死のロード"から抜け出せない。こんな状態で暗い夜道を走行するのはあまりにも危険すぎる。    道の途上、コンビニに寄って各自のドリンクを買い、気休め程度の腹ごしらえをする。たったワンケースのDARS。金銭的にもうそれしか買う余裕がなかった。DARSは十二粒入りだったので、余った二粒はジャンケンをすることに。勝利したタクトとシゲは「っしゃー!」と雄叫びをあげる。まさか”ひとかけらのチョコ”に一喜一憂するなんて想像もしていなかった。たったの二粒、されど二粒……チョコがこんなにも美味しく感じられるなんて、その幸せを噛み締めながら口にふくむ。でもそれはあっという間に溶けてなくなってしまう。  よっぽど疲労が溜まっていたのだろう、コンビニで少し休憩しただけなのに随分と回復したように感じる。再び漕ぎ出した自転車のペダルはさっきよりも軽く感じられ、快調に飛ばす五人。  緩やかな坂道を上り切ると、青々と広がる永遠湖を背景になだらかに続く下り坂が視界に入った。その時タクトが「みんなが自転車で下っていくとこを撮ろうかな」そう言って最後尾に移動する。永遠湖を眺めながらペダルも漕がず下り坂に身を任せていると、今すぐにでも風になれそうな気がした。この時タクトは最高のカットが撮れたに違いない。    坂道を下った所に現れた湖水浴場。時間に余裕があるわけではなかったが、少しだけ永遠湖で泳ぐことにした(湖水浴を想定して、みんな水着は持参してあった)。対岸に連なる山々の上には、真っ青な青空に入道雲がモクモクと幅を効かせている。いかにも夏らしい風景。あともう少ししたら夕陽になりそうな太陽光が湖面にキラキラと降り注ぐ中、永遠湖と戯れる俺たち。湖面に大の字になって浮かんだり、泳いで少し沖まで出たり……身体を水に浸すと暑さから解放されてとても気持ちがいい。  少し泳いだ後、俺はタクトと波打ち際の砂場に座り、永遠湖をぼぉ~っと眺めていた。心地良い虚脱感の中、まだ遊泳中の三国、シズ、シゲのはしゃぎ合う声が聞こえてくる。  「青春だな~」独り言のようにそうつぶやく。すると、「カイト、あれ何?もしかして……」タクトがそう言って目の前の湖面にプカプカと浮かぶ茶色の物体を指差すから、俺は一瞬自分の目を疑った。  「あれって……あきらかウ◯コでしょ!」  気持ちわる~と思いながらも、ありえない出来事に二人して大笑い。思わず他の三人にも知らせると、五人でウ◯コを取り囲んだ。そして「このウ◯コ、H駅周辺住民のブツが流れついたやつかもな……」そんなシズのジョークにみんなで笑い合う。  ささやかな遊泳タイムを終えて、いよいよゴールまでのラストスパート。陽は傾いて、もう夕陽になってしまっている。長くなり始めた俺たち五人のバイクシャドウが道路に連なって、前へ前へと進んでいく。  そしてちょうど陽が沈む頃、俺たち五人はついに三国の家に帰り着いた。お寺の前に自転車を止めると、一目散に本堂に駆け込む。まさに駆け込み寺だ。  「やべえ、もう限界!」 「うっわー、クーラー最高っ!」 「もう寝るっ!!」  口々にぼやきながら本堂の畳に寝っ転がっていると、三国の母親がやってきた。    「みんな疲れたでしょう。これでも食べてゆっくり休んで」そう言って人数分のカレーをお盆に乗せて運んできてくれた。昼飯が"チョコのかけら"だけだった俺たちの食欲は半端ない。みんなはムクリと起き上がると「いただきます!」そう言ってパクパクと食べ始める。あまりの美味しさに無言で食べ続ける五人。それからおかわりまでもらって、経験したことのない満腹感に浸りながら、再び畳に寝転んだ。  『ついに終わってしまったんだな……』  感慨深く天井を見つめながら、この三日間を反芻していると、 「じゃあ最高のカレーも堪能したことだし、少し休んだら最後にO駅でストリートライブをして締めようか!」 「えー!マジで!!」 三国の突然の提案に、俺を含め他の四人はほとんど同時に同じ返答をした。でも驚きよりもワクワク感の方が勝っていることは、みんなの表情を見れば一目瞭然だ。  
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