初めてのストリートライブ

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初めてのストリートライブ

 当時流行っていた弾き語りユニットの曲を中心に、一般ウケのする曲を見繕っては練習を進める。もちろん自分たちが個人的に好きな曲もできるだけ盛り込んだ。楽譜立てに楽譜(ルーズリーフに歌詞やコード進行を手書きしたもの)を置いて演奏するので歌詞を暗記したりする必要はない。ただ楽譜の準備と合わせて、歌いながらギターを弾けるように練習する必要があった。パターンの異なる二つの動作を同時に実行することはそうたやすいことではない。ある程度の"慣れ"が必要になる。そのためには練習あるのみだった。  ユニット曲の場合、基本的に三国が主旋律で俺がハモリ。流行りのユニットはハモリの音程が高くて、練習しすぎると喉がつぶれそうになるから、カラオケの後以上に声は枯れ気味になった。三国はハーモニカにもチャレンジをしてやる気マンマンだ。  こうして持ち歌の楽譜がファイル一冊分になった頃、いよいよ駅前で歌ってみようということになった。みとな計画のうわさを聞きつけた他の幼馴染三人も連れ添って、駅前へと向かったのは夜も遅い十一時頃のこと(この三人もみとな計画に参戦することになる。客引き要員として貴重な戦力だった)。初めてということもあり、人通りの少ない時間帯にやり始めて、少し歌ってから解散するという控え目なスタンス。それでも飲み会帰りのサラリーマンを中心に人通りはそれなりにあった。  緊張とワクワクで心がパンクしそうになりながら、まずはアコースティックギターのハードケースを開き、開いたままの状態で足元に置いておく。ここに投げ銭が入るわけだ。それから折り畳み式の楽譜立てを組み立てて、楽譜を乗せ、ギターのチューニングを始める。 「カイト、どの曲からやる?先におまえの持ち歌をやってみたらどう?」 チューニングをしながら三国が聞いてくる。 「いやいやいや、いきなりピンかよ。心細いから最初は二人で歌うに決まってんだろ」  そういうわけで、ユニットの曲で一番演奏に自信のある曲から演奏を始めたのだ。駅前はアーケードになっていたから、ナチュラルエコーが効いて思った以上に声が響く。それでもノーマイク・ノースピーカーで歌うのは初めてだったので、めいいっぱいに声を張り上げる。カラオケとは勝手が全く違う。ここで歌い続けていれば相当喉が鍛えられそうだ。  一曲目の演奏が終わると客引き要員の幼馴染三人から「おぉ〜」と歓声が上がり拍手をくれる。はたから見ればそれは"サクラ"のように映ったかもしれない。でもそれは紛れもなく心からの拍手だった。なんといってもストリートで初めて演奏したのだ。 「カイト!次、どれいく?」 「もう一曲二人で歌ってみよう。その次は俺がピンで歌っていい?」 「え〜、心細いんじゃなかったんかい!まあいいけどさ」  楽しすぎて次々と歌いたくなる。それは三国も同じ気持ちだろう。言葉にしなくても十分に伝わってくる。練習の成果もあり、ギターの弾きこなしもなんとかなっている。歌には根拠のない自信があったので、多少ギターが失敗してもモチベーションに全く支障はなかった。ここで大声を出して叫ぶと、思春期で塞ぎ込んだ心ののようなもの全てが解放されて、なんとも言えない爽快感を伴うからやみつきになってしまう。  その内に通りすがり様にチャリンと小銭が入ったり、酔っ払いのサラリーマンに話しかけられたりするようになって、ストリートライブの醍醐味は歌って演奏するだけではないことを思い知る。  結局、お試しでやってみた初めてのストリートライブは終電が終わってからも暫く続き、午前ニ時を回った頃にようやくお開きとなった。    
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