1stライブ

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1stライブ

 俺たちは湖岸道路に沿って自転車で北上していく。スタート地点が最南端だったから、永遠湖を左手に見ながら左回りに一周するのだ。スタートして暫くは普段からたまに通るから見慣れた街並みのはずだった。それでもどこか真新しく感じるのはきっと、旅の始まりの高揚感のせいだろう。  途中、湖岸にあるこじんまりとした公園に自転車を止めて、休憩がてらミウお手製のおにぎりをみんなで頬張った。朝から何も食べていなかったからあっという間にたいらげてしまう。これで元気百倍になるはずだったのに……真夏の日差しが寝不足の俺たちに容赦なく照りつけるから、M駅に到着する頃にはみんな軽い脱水症状になって、口数も格段に少なくなっていた。いくら無一文が条件だと言っても、せめて水分補給できるものは持参すべきだったかもしれない。この駅前でファーストライブをしようと思っていたのに、こんな状態では演奏できない。    そこで直行したのは駅前のスーパーだった。目的はただひとつ――水があれば何だっていい。無料の給水サービスを見つけると、心ゆくまでがぶ飲みする。ボタンを押せば給水口から真上に水がチョロチョロっと出てくるお馴染みの給水設備だ。その周りに五人集まって、しばらくの間占領してしまっていたのだから、店員さんからはかなり怪しい目で見られていたことだろう。それでもそんなこと気にする余裕がない程、頭の中はとにかく『ミズ!ミズ!ミズ!』だった。五人で交代交代に水分補給をする。「やべえ、マジで生き返る!」口々にそう言いながら元気を取り戻してゆく。スーパーの無料給水サービスにこれほど恩恵を受けることになるなんて、夢にも思わなかった。何気なくありふれた存在をありがたく思えることは、きっと幸せなことなんだろうと思う。    自転車はスーパーの駐輪場に止めたままにしておいて、いよいよ駅前でのストリートライブの準備を始める。自宅近くの最寄駅でしかライブをしたことのない俺たちは、このM駅でのライブはもちろん初めてのこと。見た目だけでも駅ごとにシチュエーションが違うから、その時点で俄然新鮮味がある。それにこれがみとな旅でのファーストライブになるのだ。興奮しないわけがない。早る気持ちを抑えながらスタンバイすると、早速演奏を開始…一曲目は三国との共作、「旅の歌」だ。 『真っ白なギターに身をまかせ♫ペダルを漕いだ陽炎道♫長いレールが輝いて♫僕らの心を色づかせ♫…』  まさにこの旅のために作った曲だったので、思いがそのままメロディーに乗っかって放出される。まさに"今、この瞬間"を歌っているのだ。でも歌い始めて暫くすると若干の違和感が…。喉の調子がかんばしくない。声自体がいつもより少しかすれ気味に響く感じがする。間違いなく寝不足が響いていた。ただ幸いなことに、気持ちで十分カバーできる程度の違和感だったので支障はなかった。本来の歌声を発揮できない口惜しさはやっぱりあるが、別にそこは割り切ればいい。三国も本来の歌声ではない気がしたが、メンタルは全く問題なさそうだ。  そのまま歌い続けていると、駅前のロータリーに止まっていたトラックの運転手が車両から降りて近づいてきた。そしてすぐ目の前に立ち止まると、熱い眼差しでリズムに乗り出した。トラックの運ちゃんなのに女性とは珍しい。風貌は金髪な分若く見えたが、お姉さんと呼ぶには幾分年を重ねていそうだった。それにしても客引きをするまでもなく、足を止めてもらえるなんて幸先がいい。彼女は俺たちの演奏が終わると早速話しかけてくれた。 「こんなとこで弾き語りなんて珍しいねえ。近くに住んでんの?」 「いや、ここからはちょっと離れてます。実は今自転車で永遠湖一周中なんですよ。今朝O駅からスタートしたとこでして」 「へえ、めっちゃ楽しそう。そんで、駅ごとにストリートライブしてるわけ?」 「そうですね…全ての駅ではないですけど、幾つかの駅でライブをしながら二泊三日かけて一周する予定なんですよ。実は僕らお金持ってないんです。無一文で一周しなければならない」 「えー!そんな無謀な旅、よくやるねえ。ならこれ、少しだけと餞別ねー。さっきの曲、とっても素敵だった」  おばさんはそう言うと、ハードケースに五百円玉を投げ込んでくれた。 「ありがとうございますっ!じゃあもう一曲聴いて下さいよ。もう一曲僕らのオリジナルあるんで!」 「お〜いいねえ、でもごめん。そろそろ次の配達先があるから行かないと」  このみとな旅で初めて頂いた投げ銭への感謝もあり、もう一曲聴いてって欲しい思いでいっぱいだったが、仕事中にも関わらずわざわざ足を止めてくれた時点で十分にありがたい。俺はおばさんを一瞬だけ足止めして、ギターのボディーにホワイトペンでサインしてもらう(赤髪とマジメの続きになるので三人目になる)。そしてみんなで「運転気をつけてー!」と手を振りながら見送ったのだった。  頂いた五百円玉をのぞき込む。みんなで顔を見合わせほくそ笑む、貴重な瞬間。この調子でいきたいものだ。  その後も"ピアノの先生"をしてるというおばさんが立ち止まって、だいぶ長い間聴いてくれた。最後はすぐ近くのコンビニで買った差し入れを手渡しながら(飲み物だった)、「いつかテレビに出てねー」と言って帰って行く。こういう地元の方との交流は本当に心温まる。そしてまたギターのボディーサインも増える。他にももの珍しさからか、小銭を投げ入れるとすぐに去っていく人たちも何人かいて、投げ銭は少しずつ貯まっていく。  こうして二時間程歌った頃、そろそろお昼時になるので次の駅へ移動しようということになった。投げ銭は千五百円程度。まずまずというところか。でも五人分の昼飯を賄うには少し心許ない。そもそもこの旅で"一日三食"を期待するのが大きな間違いなのだ。元々危惧はしていたが、やはりお金を稼ぐのはそう甘くない…。次の駅では客引き要員のシゲとタクトにも頑張ってもらう必要があるかもしれない(最悪の場合はシゲ一人三角座りさせてお金を恵んでもらう荒技もなくはない笑)。    結局、一人三百円ずつ好きなものをスーパーで買うことになった。俺が買ったのはペットボトルのお茶と、大きめのフルーツゼリー。他の四人もちゃんと水分補給できるようペットボトルを漏れなく購入している。こうして俺たちは気休め程度の昼飯を済ますと、再び自転車に跨った。  次の目的地はH駅。到着したら夕方頃になるだろう。その地で更に過酷な状況に追い込まれることになろうとは…本当に思い通りにはいかない。  
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