2ndライブ in ウ○コ駅

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2ndライブ in ウ○コ駅

 仮眠から目覚めるともうすっかり夜になっていた。疲労はそれほどないような気がしていたが、一瞬で眠りに落ちてしまったことからすると、確実に疲れが溜まっているようだ。駅前にある柱時計を見ると既に夜の八時だった。それでも駅前はまだ、仕事帰りのサラリーマンを中心に人通りは少なくない。その喧騒が目覚まし代わりになって、起こしてくれたのかもしれない。  「そろそろ起きよっか!もう八時になってっぞ!!」一番先に起きた俺はそうやってみんなを起こす。ストリートライブをして稼がないと確実に晩飯抜きになってしまう。危機感は半端なかった。「えっ!マジか」「もうこんな時間!」口々にぼやきながら、のそのそと起き出す四人。さすがにみんなも危機感はあるみたいだ。  駅前の一番人通りの多い場所を陣取り、半ば急ぎ気味にセッティングを済ませると、早速三国とのオリジナル曲から歌い始める。すると、声の調子がかなりいい。出せてる感じ。疲れの限界を越え、一周回って本来の声を取り戻したとでもいうのだろうか。後でその反動が来そうで少し怖かったが、声の出る内に調子良く歌っておくのが得策だろう。 「なんか声の調子がかなりいい。三国はどう?」 「ん?俺もなんかいい感じ。この調子で歌い続けようぜ!」 シズも合間に演奏しながら、俺たち三人は一時間ばかり歌い続けた。  それなのに…  一銭も入らない。  まだライブ経験が豊富というわけではないが、こんなことは今までになかった。それに歌の上手い下手関係無しに投げ銭をくれる人は一定数いる、そう思っていた。このH駅ではどうもそれが通用しないらしい。そもそも声の調子が決して悪くないのにも関わらず、道行く人々は無関心を貫き素通りをする。なんとかして晩飯代を稼ぎたいという思いと、歌へのプライドみたいなものが動機となって、素通りする人々に過剰な"冷たさ"を感じてしまう。  「タクト、シゲ?ちょっと客引き頼めない?」 「もちろん!てか気づかずごめん、今から行ってくる」 「俺も行くわー!」 一番ホストっぽく、客引きに向いてそうなシズも協力してくれるようで心強い。そして、シゲは仮眠したおかげか死に顔がに戻っている。一人で三角座りさせても今は効果が目減りする…ここは奥の手を温存し、客引きに注力してもらおう。  それから三国と二人で歌い続けること三十分。 「ダメだ……、誰も興味を示さない。いったいどうなってんのこのウ○コ駅は(怒)。ちと休憩させて」  シズが愚痴りながら、タクトとシゲと戻ってくる。どうも客引きもうまくいかないらしい。  それから更に二時間も歌い続けたが、結局一銭も入ることがなかった。終電も終わり、人通りもほとんどなくなってしまったので演奏を中断する。俺のギターへのサインもM駅での二人のサインに続くことはなく、ボディーの空白がその寂しさを物語る。客引きまでした上に、これだけ長時間演奏したにも関わらずまさかの結果に終わり、俺たちの士気はこれまでになく消沈してしまう。  こうして"晩飯抜き"が確定した俺たちは、駅前のロータリーに囲まれた小さな広場に移動すると、ぐったりと座り込む。  「どーゆーことっ!ここまで無関心貫かれるとは、ちょっと無いわ…」シズが開口一番そう呟く。 「この駅はもう、ウ○コ駅と呼ぶしかない」シゲが死に顔を通り越したウ○コ顔でそう断言すると、 「こんなとこ、もうウ○コ以下でしかないわ!」と、タクトがそれに乗っかる。 「まあまあ、そのくらいにしとこう。てか、これからどうする?」三国がみんなの不平不満をいなすようにそう問いかけると、 「ん……まずは寝て、明日考えよう。とりあえずコンビニで段ボールもらってこようか」 俺はまずは眠ることを優先するよう提案した。  そして五人で駅前のコンビニに段ボールをもらいにいく。気さくな店員さんが快く提供してくれて本当に助かった。  頂いた段ボールをさっきのロータリーに囲まれた広場に敷いて、五人仰向けになって眠ろうとしていた。  すると、『ブルン…ブルン……』うるさいエンジン音。ヤン車がロータリーに止まる。そして、バタンッ!と車のドアが乱暴に閉まる音がして、  「ちょっとボコったろっか。お〜い、おまえらー、そんなとこで何してんのー?」 もう誰もいない駅前にヤンキーの無感情ボイスがこだまする。 『やべえ、これは確実にからまれる』そう思った瞬間、 「永遠湖一周っス!」と、シズがさも当たり前のように大声で返答する。すると、 「え?永遠湖一周してんの!めっちゃ楽しそう。おまえら、頑張ってなー!!」 「ウーっす!」  ヤンキーは俺たちに声援を送ると、踵を返して車内に戻り、ブルンブルンと激しい音を立ててどこかへ消えて行ってしまう。シズの冷静な返答のおかげで、俺たちはボコられずに済んだ。こんなに疲弊した状態に更なる追い討ちは悪循環としか言いようがなかったけど、何事もなく終わって一安心。シズはやっぱり頼りになるな、そう思いながら段ボールを敷布団に、改めて眠りにつく。  『というか、こんな風に野外で段ボールを敷いて眠るなんて初めてだな。晩飯も食ってないしまるでホームレスみたいだ』そう思うとなんだかすごく貴重な体験をしているような気がして、無敵の冒険心に火がつきそうになる。  『まあなんとかなるだろ…』素直にそう思いながら、仰向けの状態で目の前に広がる夜空の星々に、『次の駅では事態が好転しますように』そう願う内、いつの間にか眠りに落ちてしまう。
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