Side りな子

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「これ、りな子応募してみたら?」 「えっ、いいよ、いいよ」 27歳で結婚した私は、当たり前にが授かると思い込んで暮らしていた。 しかし、現実はそう甘くなく。 5年経っても、妊娠する事はなかった。 「ごめん。俺は、治療までして欲しいとは思わない」 泰作の言葉に不妊治療をしない事を私達夫婦は決めた。 泰作の気持ちはよくわかる。 泰作のいとこが10年間の不妊治療の末に子供をようやく授かったのだけれど、すぐに離婚したからだ。 長年の治療でのすれ違いを子供が授かったからと言って簡単に埋められなかったのだと思う。 だから、私達夫婦は自然に任せる事にした。 自然に任せた結果。 子供を授かる事はできなかった。 私は、不安解消と自暴自棄で食べる事に走っていった。 スリムだった私の体は、みるみると丸くなっていき。 それでも、泰作は私を責める事はしなかった。 それどころか、美味しいケーキや和菓子をよく買ってきてくれるようになった。 そんや泰作が新たに進めてきたのがさっきの話。 「やるだけやってみなよ」 「でも、これすごいやつだよ。私に何か出来ないよ」 「いいじゃん。チャンスだって」 泰作がやってみなよと言いながら、差し出してきた紙にはデザイン募集と書かれていた。 一年前、私はある一枚のポストカードに救われた。 妊娠できなくて、どん底だった39歳の夏。 たまたま入った雑貨屋さんで、赤ちゃんの絵が描かれたポストカードに出会った。 そこに書かれた文字に救われたのだ。 【会えなくてもそばにいる】 雑貨屋さんにポストカードを作った作者を聞いたけれど、作者は不明。 なぜなら、その雑貨屋さんは、100円を支払えば誰でもオリジナル商品を店の一角のスペースに置けるシステムになっているからだ。 100円は、備え付けのボックスに入れてもらう仕組みで作者とやり取りする事もないらしい。 売り上げが上がった場合は、お店に寄付する仕組みになっている。 私は、その出会いからポストカードに強く興味を持った。 絵が下手くそだから悩んでいた私に泰作が進めてくれたのはデザイン学校。 デザイン学校に通い始めた私は、みるみるデザインの虜になった。 そのお陰で、体重はピーク時の88キロから10キロも痩せる事が出来て、今は、この体重を維持し続けている。 デザイン学校を卒業した私は、あの雑貨屋にポストカードを置かせてもらったり、インターネットのフリマサイトなどで販売している。 フリマサイトでは、月に1~3万程の売り上げにはなっていた。 ただ、趣味の範囲を一向に抜け出せない私がこんなものに応募していいのだろうか? 「頑張ってみなよ!りな子」 「うん……」 泰作に言われて、何となく応募してみる事にした。  その何となくが私の人生をあっという間に変えたのだ。 そして、今、私には深森空というマネージャーまでついている。 【大賞、金賞、銀賞、審査員特別賞に選ばれた方には、大手デザイン事務所との契約後、商品化され、契約した全員にマネージャーがつきます】 と言った謳い文句は、嘘ではなかった。 私の作品は、審査員特別賞を受賞した。 賞をとれた事で、作品を応募してよかったと今では思っている。 デザインを募集していたのは、【ヴィラ】という世界的に有名なブランドだ。 【ヴィラ】は、国内大手のデザイン会社10社と海外大手のデザイン会社10社と共に作品を幅広く募集した。 選ばれた私の作品は、【ヴィラ】のキーケースになったのだ。 シャボン玉をイメージしたハートのデザインは、審査員からかなりの好評価を得る事が出来た。 【ヴィラ】が一般にデザインを募集する事など、今まで一度もなかった。 それだけに、ここで作品が選ばれる事はデザイナーとして生きていくものにとって将来の名を売る大チャンスなのだ。 応募者は、全世界で1億人以上にものぼり。 その中で、審査員特別賞に選ばれたのは私を含めてたったの3人だった。 その後、私は、大手デザイン会社の【ルピナス】に就職が決まり、担当マネージャーとして深森空がやってきたのだ。 そうそう。 私が彼に【先生】と呼ばれているのは休憩時間にいつもデザインを教えているから。 出会って三年目の頃に、彼からプライベートで、カレンダーを販売したいから教えて欲しいと頼まれたのだ。 その言葉にすごく驚いたのを、今でも覚えている。 私は、勝手にデザイン会社で働いている人間は全員デザインが出来るものだと思い込んでいたからだ。 その事を彼に伝えると、マネージャー募集で面接を受け採用されたからデザインはまったくわかりませんと清々しく答えてくれた。 そんな彼と私が、1ヶ月前。 たった一枚週刊誌に載ってしまった写真がある。 この一枚の写真のせいで、私は今日友姫に呼び出されたのだ。 「半年前に【ヴィラ】で発売し、爆発的人気商品になっているハートのキーケースをデザインしたのは、ただのおばさん?!」 週刊誌の記事タイトルを見るだけで、今でも笑ってしまう。 週刊誌には、デザイナーになった一主婦であるA子は若い男と不倫までするようになったと書かれていた。 これは、近所の人が不倫している週刊誌に言ったからなのがわかる。 嘘ばかり載せる事で有名な週刊誌だけど、たまに真実を載せるから……。 友姫は、これが真実かどうか確認したかったのだと思う。 まあ、話をして本当ではないのが、わかって安心したのは明らかだったけどね。 「先生、クッキー焼けましたよ」 「あっ、うん」 彼の声で、現実に戻る。 7年前に採用されたデザインが、半年前に発売するとは思わなかった。 金賞の人から順番に商品化されていったのだから……日にちがかかる事はわかっていたけれど。 まさか、各店舗で品切れが続出するほど売れるなんて思わなかった。 「先生?」 「あっ、ごめんね。今、行く」
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