Side りな子

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キッチンに向かうと彼がお皿を洗い終わって飲み物を入れてくれていた。 「先生、ココアいれました」 「ありがとう、深森君」 「俺もココア、一緒に飲んだら帰りますね」 「えっと……」 彼がいなくなったら、私はすぐに泰作のスマホを見てしまいそうだ。 せめて、充電が終わるまでいてもらえたら助かる。 「あっ、深森君。晩御飯は、もう食べた?」 「いえ、帰ってから食べようと思ってますよ」 「じ、じゃあ、一緒に食べない?」 「えっ?いいんですか?」 「いいよ!スパゲッティとかでいいかな?今日は、疲れてて。簡単になっちゃうけど……」 「いやいや、スパゲティは簡単じゃないですよ」 彼の言葉に確かにと納得していた。 私の中で、ミートスパゲティは、大変な料理だけれど……。 今作ろうとしているスパゲティは、湯がいて炒めるだけだからだと表現してしまったのだ。 「先生と、晩御飯食べるなんてなかなかないから、めちゃくちゃ嬉しいです」 「確かに……。昼御飯は一緒に食べても晩御飯はないよね」 「だから、嬉しいです」 「よかった。それじゃあ、ココア飲んだら作るね。冷蔵庫にある具材を使ったペペロンチーノなんだけど。苦手な食材あったりする?」 「いえ。大丈夫ですよ」 「それなら、よかった。ココアいただきます」 「どうぞ、どうぞ」 彼が入れてくれたホットココアを飲むと体に染み入るように暖かくなった。 「先生、好きですよね。ホットココア」 「まあ、定期的には飲むけど。作るのは大変だからね」 「確かに、ココアがダマにならないようにしなくちゃいけないから大変ですよね」 「深森君がいれてくれるココアは、本当に美味しいよ。お店で飲むみたいで」 「じゃあ、俺と付き合いますか?」 「またーー。おばさんをからかって楽しむのはやめてよ」 「楽しんでないですよ。俺は、りな子さんの事、本気で好きですよ」 ふいに呼ばれた名前に心臓がドキドキするのがわかる。 「ようやく、先生って呼ぶのやめてくれるんだ」 「あれ、おかしいな。今ので、ドキドキしてもらいたかったんですけど。やっぱり、俺じゃ無理ですね」 彼は、頭を軽く掻いてココアを飲む。 ドキドキはした。 だけど、何だろう。 泰作に感じたみたいな感覚じゃない。 私は、彼が嫌いじゃない。 ううん。 どちらかと言えば好き。 だけど、愛してはいないんだと思う。 好きと愛は似て非なるものなのかもしれない。 「先生、何かあったんですか?」 「あっ……うん。ちょっとね」 「ちょっとって状態じゃなかったですよね?やっぱり、俺には言えないですよね」 「そんな事ないよ……。夫がね」 「旦那さんがどうしました?」 「熱にうなされて……その。私じゃない人の名前を呼んだだけだから。気にしないで。さっきのも忘れて」 温くなったココアを飲み干そうとマグカップを持ち上げる手が震えるのがわかる。 口に出しただけで、さっきのよくわからない感情が蘇ってきたのを感じる。 「先生……」 「深森君、離して」 いつの間にか、私の隣に座っていた彼はマグカップを持つ私の手をそっと握りしめた。 「深森君……離して」 「さっきも言いましたけど、俺は先生が辛い思いや悲しい思いをしてるのを見るのが辛いです」 「だからって……」 「俺……先生の為に何でもしますよ」 彼の目に見つめられる。 吸い込まれそうになるほど、綺麗な茶色の瞳。 と言う彼の苦しそうな表情は、私を想ってくれているのがハッキリとわかる。 利用してはいけない。 甘えてはいけない。 そう頭で思っていながら、心が弾き出した言葉が口から出る。 「夫を取り戻したい」 その言葉に彼は私を引き寄せて抱き締めた。 「先生の為なら何でもする。俺を信じて」 「深森君……ありがとう」 深森君に、手を回しそうになってやめた。 そんな事をすれば、きっと彼は期待してしまう。 「先生、俺のメッセージに旦那さんの写真送ってもらっていいですか?」 彼は、私の何かを感じとるとすぐに離れて話しをした。 「何をするの?」 「知り合いに探偵やってる人がいるんです。その人に調べてもらおうと思ってます」 「お金なら払うわ。いくらか言ってくれたら」 「大丈夫です。先生は、そんな事気にしないでください。あーー、お腹すきました」 「あっ、ごめんね。今すぐ、作るね」 「はい」 私は、立ち上がってキッチンに向かう。 彼は、ダイニングテーブルからニコッと微笑んだ。 どうして、私なんか好きなのだろうか? 彼を好きだという人は、世の中にたくさんいるだろう。 彼のルックスで、モテないわけはない。 「先生、俺も何か手伝いましょうか?」 「いいよ、いいよ。お客さんなんだから、深森君は座ってて」 「じゃあ、コップ洗います」 「ごめんね。いつも、ありがとう」 「いいえ。これが俺の仕事ですから。先生、後で写真送ってくださいね」 「うん。わかってる」 彼とは、7年前に出会ってからずっと一緒に過ごしているから……。 彼は、もう生活の一部だ。 彼がいない生活は、考えられない。 「先生は、テレビに出ないのは何でですか?」 「嫌よ。テレビに自分を晒すのは……」 「確かに、面白おかしく記事を書く人が出てきますよね」 「やっぱり、深森君も週刊誌の事気にしてた?あんな形で一緒に載りたくなかったよね。ごめんね」 「俺は、あんな風な記事でも書かれてちょっと嬉しかったですよ。だけど、先生が嫌だろうなって思ったんで。なーーんて冗談ですよ。そんな顔しないでください。じゃあ、向こうに座ってますから」 「あっ、うん。すぐ作るから」 グツグツとお湯が沸いた鍋にパスタを入れる。 そんな顔って……。 どんな顔してたんだろう、私。 別に、軽蔑してなかった。 ただ、何で彼は私なんか好きなの?って思っただけで。 冗談ではないのは、わかってる。 それでも、彼が冗談にしたいのなら追及しないでおこうと決めた。
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