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「いらっしゃいませ。あれ、何か空良いことあった?」
「わかる?」
「わかる。この一年の空は、ずっと辛そうだったから……。仕事、辞めるのかと思ってた。はい、ビール」
「ありがとう。辞めないよ。ルピナスみたいな大手に働ける事なんてこの先、絶対ないし……。収入だって、やっぱり違うからね」
「まあ、それはそうだよね。で、何かあったの?」
「実は、ようやくマネージャーやれる事になったんだよ」
「ええ!すごいじゃん。じゃあ、今日は私の奢り」
「いいの?陽菜」
「いいよ、いいよ。いっぱい食べな」
「ありがとう」
陽菜の料理をたらふく食べて、飲んで、俺は帰宅した。
明日から始まる新しい日々。
本当は、今日。
ルピナスに、来月で辞めると伝えるつもりだった。
あれから、先輩達を見る度に「顔だけ」って言葉がちらついて離れなかったから。
でも、それも今日で終わりだ。
俺は、明日から雑用係を卒業する。
・
・
・
ピピピピ……。
いつもの朝のはずなのに、今日は何だか全てが輝いて見える。
新しいカッターシャツに袖を通し、スーツを綺麗に着た。
「おはようございます」
「おはよう」
午前中は、変わらず雑用だけど。
いつもよりも、心が軽い。
お昼休憩が終わると部長に声をかけられて、俺は山野りな子さんの家に出かける。
「山野さんは、郊外に住んでいるからね。早めに出ないと約束の時間には間に合わないから」
「はい」
「深森君にとっても、山野さんの家に通う事は気分転換になるよ。郊外と言っても、山野さんのお宅は駅から遠くて少し田舎だからね。のどかで素敵な場所だ」
「でも、駅につけば、市街地まですぐなんですよね」
「ああ。ただ、駅に来るまでが大変なんだよ。バスの本数は少ないからね。車の方がいいかも知れないな。深森君は、免許あるよね?」
「はい。持ってます」
「それなら、なるべく車がいいかも知れないな。社用車を手配出来るか聞いてみよう」
「ありがとうございます」
山野さんの家は、郊外でありながら駅からは遠く。
どちらかといえば田舎なのがわかる。
電車を降りて、部長とバスを待つ。
確かに、部長が言っていたように山野さんの家に向かうバスは30分に一本のようだ。
「あれだな。ようやく来た」
「そうですね」
バス停からも、山野さんの家は歩いて15分かかった。
「ここだな」
ついたのは、ギリギリ5分前だ。
ピンポーン、ピンポーン
「はーーい」
「ルピナスの……」
「部長さんですね。今、開けます」
カメラ付きインターホンで、俺達が見えているようで、部長が言い終わる前に山野さんはわかってくれた。
「わざわざ遠くまですみません。どうぞ」
「お邪魔します」
山野さんの家は、レンガ調で緑色の屋根が特徴的なお家だ。
玄関は、ベッドを置いて眠れそうな程の広さがある。
玄関は、和風に作られている。
山野さんに出されたスリッパを履いて、家の中を上がる。
リビングは、白を貴重にしていて広々としていた。
「コーヒー淹れますね」
「お気遣いなさらないでください」
部長の言葉に山野さんは、ニッコリとお辞儀をしてキッチンに行く。
カウンターキッチンになっているから、キッチンに行った山野さんの姿が見える。
「そちらに座っててください」
「すみません。では、失礼します」
俺と部長は、ダイニングの椅子を引いて腰かける。
山野さんは、ふくよかではあるけれど目鼻立ちが整った綺麗な顔をしている。
そういえば、山野さんのデザイン画を確認したけれど、愛が溢れている作品だと思った。
きっと、この家がそうだからなのがわかる。
「お待たせしました」
「すみませんね。お気遣いさせてしまって」
「いえいえ、大丈夫です。それで、お話って?」
「本日から、山野さんの担当マネージャーになります深森君です」
「初めまして、深森空です」
「マネージャーさんが本当につくんですね。でも、私何もしてませんよ」
「山野さんは、これから【ヴィラ】から商品が発売されたら忙しくなると思います。なので、これからは深森君に仕事の調節や納品などのやりとり、お家の雑用なんかを言いつけていただいて……」
「そんな雑用なんて、申し訳ないです」
「大丈夫ですよ。俺は、山野さんの為に頑張りますので」
山野さんは、申し訳なさそうな顔をしながら「よろしくお願いします」と言ってくれた。
それから、部長は週にどれくらい俺が来たらいいかとか、連絡先を交換したりとかして、山野さんの家を出たのは16時過ぎだった。
「それじゃあ、深森君。明日からマネージャー頑張ってくれ」
「はい。頑張ります」
そして俺は、この日山野さんのマネージャーになったのだ。
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