side 空《あお》

2/5
前へ
/17ページ
次へ
「いらっしゃいませ。あれ、何か(あお)良いことあった?」 「わかる?」 「わかる。この一年の空は、ずっと辛そうだったから……。仕事、辞めるのかと思ってた。はい、ビール」 「ありがとう。辞めないよ。ルピナスみたいな大手に働ける事なんてこの先、絶対ないし……。収入だって、やっぱり違うからね」 「まあ、それはそうだよね。で、何かあったの?」 「実は、ようやくマネージャーやれる事になったんだよ」 「ええ!すごいじゃん。じゃあ、今日は私の奢り」 「いいの?陽菜」 「いいよ、いいよ。いっぱい食べな」 「ありがとう」 陽菜の料理をたらふく食べて、飲んで、俺は帰宅した。 明日から始まる新しい日々。 本当は、今日。 ルピナスに、来月で辞めると伝えるつもりだった。 あれから、先輩達を見る度に「顔だけ」って言葉がちらついて離れなかったから。 でも、それも今日で終わりだ。 俺は、明日から雑用係を卒業する。 ・ ・ ・ ピピピピ……。 いつもの朝のはずなのに、今日は何だか全てが輝いて見える。 新しいカッターシャツに袖を通し、スーツを綺麗に着た。 「おはようございます」 「おはよう」 午前中は、変わらず雑用だけど。 いつもよりも、心が軽い。 お昼休憩が終わると部長に声をかけられて、俺は山野りな子さんの家に出かける。 「山野さんは、郊外に住んでいるからね。早めに出ないと約束の時間には間に合わないから」 「はい」 「深森君にとっても、山野さんの家に通う事は気分転換になるよ。郊外と言っても、山野さんのお宅は駅から遠くて少し田舎だからね。のどかで素敵な場所だ」 「でも、駅につけば、市街地まですぐなんですよね」 「ああ。ただ、駅に来るまでが大変なんだよ。バスの本数は少ないからね。車の方がいいかも知れないな。深森君は、免許あるよね?」 「はい。持ってます」 「それなら、なるべく車がいいかも知れないな。社用車を手配出来るか聞いてみよう」 「ありがとうございます」 山野さんの家は、郊外でありながら駅からは遠く。 どちらかといえば田舎なのがわかる。 電車を降りて、部長とバスを待つ。 確かに、部長が言っていたように山野さんの家に向かうバスは30分に一本のようだ。 「あれだな。ようやく来た」 「そうですね」 バス停からも、山野さんの家は歩いて15分かかった。 「ここだな」 ついたのは、ギリギリ5分前だ。 ピンポーン、ピンポーン 「はーーい」 「ルピナスの……」 「部長さんですね。今、開けます」 カメラ付きインターホンで、俺達が見えているようで、部長が言い終わる前に山野さんはわかってくれた。 「わざわざ遠くまですみません。どうぞ」 「お邪魔します」 山野さんの家は、レンガ調で緑色の屋根が特徴的なお家だ。 玄関は、ベッドを置いて眠れそうな程の広さがある。 玄関は、和風に作られている。 山野さんに出されたスリッパを履いて、家の中を上がる。 リビングは、白を貴重にしていて広々としていた。 「コーヒー淹れますね」 「お気遣いなさらないでください」 部長の言葉に山野さんは、ニッコリとお辞儀をしてキッチンに行く。 カウンターキッチンになっているから、キッチンに行った山野さんの姿が見える。 「そちらに座っててください」 「すみません。では、失礼します」 俺と部長は、ダイニングの椅子を引いて腰かける。 山野さんは、ふくよかではあるけれど目鼻立ちが整った綺麗な顔をしている。 そういえば、山野さんのデザイン画を確認したけれど、愛が溢れている作品だと思った。 きっと、この家がそうだからなのがわかる。 「お待たせしました」 「すみませんね。お気遣いさせてしまって」 「いえいえ、大丈夫です。それで、お話って?」 「本日から、山野さんの担当マネージャーになります深森君です」 「初めまして、深森空です」 「マネージャーさんが本当につくんですね。でも、私何もしてませんよ」 「山野さんは、これから【ヴィラ】から商品が発売されたら忙しくなると思います。なので、これからは深森君に仕事の調節や納品などのやりとり、お家の雑用なんかを言いつけていただいて……」 「そんな雑用なんて、申し訳ないです」 「大丈夫ですよ。俺は、山野さんの為に頑張りますので」 山野さんは、申し訳なさそうな顔をしながら「よろしくお願いします」と言ってくれた。 それから、部長は週にどれくらい俺が来たらいいかとか、連絡先を交換したりとかして、山野さんの家を出たのは16時過ぎだった。 「それじゃあ、深森君。明日からマネージャー頑張ってくれ」 「はい。頑張ります」 そして俺は、この日山野さんのマネージャーになったのだ。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

234人が本棚に入れています
本棚に追加