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 永尊寺の台所で餅つきを終え、道具を洗う弥生が「ニュース見たかい?」と、わざと謎めかした口調で朔羅に問いかけてきた。 「はい……まだ犯人はわからないんですよね」 「そうだね。それにほら、会長さんが見つけたアレ……。あの身元もまだ分からないだろ? 埋められたのも随分前みたいだし、そっちの犯人は見つけるの無理だろうね」  平穏な町に突如降って湧いた事件は、噂好きの弥生の饒舌に普段の数倍も拍車をかけ捲し立てていた。 「会長さん、警察の事情聴取が終わった後、寝込んでたのに捜索手伝ってたし……」 「そりゃそれくらいするでしょ。慌てて山降りたから足首も捻挫してたらしいけど、鉢須賀さんの私有地に勝手に入った後めたさもあるだろ? 寝てなんていられないんだよ」  タオルで手を拭きながら、呆れたように弥生が肩で溜息を溢した。 「でもやっぱり、いつもの豪快さはなかったな……」 「ああそう言えば、鉢須賀さんとこにも警察が来たらしいよ、山の所有者だからってさ」 「鉢須賀様のところにも?」 「そうそう。使用人全員にも事情聴取してったらしいわ」  随分内情に詳しいなと思いながらも、弥生のお喋り好きが高じてなんだと、朔羅は諦観して聞いていた。 「でもずっと昔に埋められてたんじゃ、今の使用人さん達に聞いてもわからないよな……」 「そうね。私も屋敷で働いてる人から聞いたけど、昔からいるのって静真って秘書の人くらいなんだってさ」  情報源をあらゆるところに持つ弥生の話は尽きることなく、小一時間経った頃、天の助けのように桜介が台所に顔をだした。 「さくら、ここにいたんだ」 「桜介。どうした、何か用事?」 「うん。オレ、桔平に電話したいんだ」  テーブルの上に丸められた手製の餅には目もくれず、唐突に切り出す桜介に、目線を合わせるよう屈んで「どうして」と、朔羅は訳を尋ねた。 「桔平に手紙書いたのに、全然返事が来ないんだよ」 「あ、そうか。風鈴と一緒に送った手紙だよな。きっと桔平喜んでるだろうね」 「でも、返事がこないんだよ。オレずっと待ってるのに」  今にもベソをかきそうに顔をクシャりとさせ、この世の終わりのように返事のないことを悲しんでいる。 「新しい家に行って、桔平も忙しいんじゃないのかい」  弥生の言葉に「そうなのかな……」と、桜介が表情を曇らせる。 「桔平の電話番号も知ってたんだ、桜介」  朔羅は落ち込む桜介の頭を、慰めるように撫でた。 「うん、知ってる! 桔平が教えてくれたんだ、ほら!」  満面の笑顔で、握りしめていた自由帳を朔羅に差し出した。 「どれどれ。あ、これかな?」  拙い字で書かれた養子先の住所と電話番号らしい数字が、遠慮がちにページの端っこに書かれてあった。 「これが新しい名前なんだって。アメ……ミヤって読むの?」 「雨と宮で『アマミヤ』って読むんだよ。でも桔平ったら、いつの間に桜介に電話番号なんて教えてたんだか。桜介、あちらの迷惑になるから電話なんかするんじゃないよ」  割烹着の上にジャンパーを羽織りながら、弥生が忙しなく言い放つと、客が来るのを理由にカナリア園へと戻って行った。 「さくらぁ、桔平は絶対返事書くって言ってたんだ。あいつは約束を破らないよ」  真剣な目をして朔羅に救いを求める桜介がいじらしく思え、「一回だけだよ」と秘め事のように小さな耳へと囁いた。  朔羅はスマホを取り出し、指先に躊躇いを乗せながらも、ノートに書かれた番号をタップした。  二回コールが鳴り、三回目で繋がった。機械的な言葉遣いで『はい、雨宮でございます』と、女性の声が聞こえてきた。 「も、もしもし。すいません私、望月と申しますが、少し前にそちらの養子になった、湯山桔平に取り次いで頂きたいのですが……」 『養子……でございますか? 当家ではそのような方はいらっしゃいませんが、何かお間違えではないでしょうか』 「えっ! でもあの、小学三年の男の子で、確かに雨宮家の養子になったと——」 『ですから、そのような方は当家にはおりません。悪戯でしたら警察に言いますよ、お宅はどちらの望月さんですか?』   予想外の答えに意表を突かれた朔羅は、電話の向こう側で苛立っている人間に返す言葉がなく、どう続きを話せばいいか困惑した。 「さくら、どうしたの? ねえ桔平いた?」  作務衣の裾を引っ張る桜介に戸惑っていると、溜息が電話の向こうから聞こえてきた。 『あの、もうよろしいでしょうか?』  「あ、あの! すいません、もう一度だけ。あの雨宮さんのお宅に息子さんは……」 『茂樹(しげき)様はこちらにお住まいではありません。何かの勧誘でしたら迷惑ですので、もうおかけにならないで下さい』 「あ、はい……」  相手の迫力に負け、朔羅は通話を切ると、申し訳なさげに桜介を見つめた。  「桜介、ごめん……桔平いなかった」 「ウソ! さくらどうして、だって桔平ここにいるって」  駄々っ子のように振る舞い、ノートを突き付ける桜介を宥めながら、朔羅は電話の内容を頭の中で反芻していた。  ——なんだか、おかしい……。  どこか腑に落ちない。  幼い子どもが覚えたての番号を書き間違えたのか。それなら、電話にでて名乗った『アマミヤ』と言う名前が偶然同じで、その家にかかったってことなのか。いや、そんな偶然はない。  スマホを片手に沈吟(ちんぎん)し、不安げに迷走していると、朔羅以上に憂心を抱いている桜介が目に入った。 「桜介……きっと電話に出た人はお手伝いさんとかで、事情を知らないんだよきっと」 「事情?」 「桔平が家族として迎えられたってことを、知らされてないのかなってことだよ」 「そう……なのかな」  大人ならすぐに見破れそうな嘘で取り繕い、朔羅は心の中で、ごめんと言いながらも、桜介の不安をなんとか取り除こうとしていた。 「弥生さんに連絡とってもらうよう、俺からも頼んでみるから」  桜介を慰めながらも、朔羅は胸に蔓延る正体不明の疑問と、仁の言っていたことを思い出していた。 「オレ自分で園長先生に頼んでみるよ」 「えっ? 自分で?」 「うん」  新たな目標を見つけた桜介が、輝きを取り戻した目で朔羅に笑いかけ、「行ってくる!」と一声叫ぶと、足早に寺を出て行ってしまった。  凛々しく常に前を向く桜介の背中を見送りながら、朔羅は自然とスマホを強く握り締めていた。 「仁様に相談——いや」  ダメだ、きっとお忙しい……。 「郭純さんなら、何か知っているかも」  思い直した朔羅は台所に残った片付けを終えると、お茶の用意をし、郭純の部屋へと向かった。
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