遠く、辺境の地へ・2

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遠く、辺境の地へ・2

 水と明日の食料を仕入れて、山道を行く。   「なかなかに、山道は難しいな」  馬車も扱えるヴァレンティーナだが、さすがに夕暮れの山道は初めてだ。 「代わります~?」 「いいや。大丈夫。なんでもできるようになっていかねば」  ヴァレンティーナ自身が、ここ数日の幌での野宿で身体が痛む事に情けなさを感じていた。  これからは、あんなベッドではもう眠ることはない。  早くこの生活に慣れて自由を手にしたい。  早く、剣術の稽古を思い切りしたい……! 「前も後ろも誰もいない……今日の山越えは私達だけでしょうかね~?」 「そうなのかもしれないな……急ごう……」  馬にとっては負担なのはわかるが、さすがに山道で夜は越したくはない。  雨もポツポツと降ってきた。  幌に、光石を入れたランタンをぶら下げる。 「んっ!? あれは……」 「なんでしょう? 獣……!?」 「いや……馬車だな」  まだ先だが、山道に何か大きな黒い影。 「誰かー助けてー!」  かすかに聞こえる助けを求める声。 「何か事故だな? 行こう」 「はい!」  アリスが幌の中に入って、救急箱を取り出す。 「今行くぞーーー!!」  ヴァレンティーナが叫ぶと、暗闇の中で人が手を振るのが見えた。   「アリス、一応剣の用意を」  帯剣は二人共ずっとしている。   「はい」    アリスは短剣を抜く。  山道での接近戦ではこちらの方が素早く強い。  ……しかし、近寄ってみると……。  少年が一人。  御者台だけのような小さな馬車に、小さな馬。 「大丈夫か!?」  ヴァレンティーナが御者台から降りて、少年に駆け寄る。 「車輪が取れちゃって……」 「馬車など捨てて馬だけで山を降りればいいだろう!? 危険すぎる……!!」 「だって、でも……うん……」  まだ十歳を過ぎた年頃か。  パニックになってしまったのだろう。  子供は荷物を置いていく、手放す事に大きな不安を覚えるものだ。  そんな子供に正論だけ振りかざしてどうする、とヴァレンティーナは少年の肩に優しく自分の手を置いた。 「責めたんじゃない、悪かった。霧雨でずいぶん濡れている。寒いだろう」  少年はアリスが持つランタンが照らしたヴァレンティーナの顔を見て、ぽ~っとする。 「兄ちゃん、すごい美男子だなぁ」 「ふっ……。幌に入っていなさい。馬車を見てみる。アリス、温かいお茶と毛布を。濡れた上着は脱ぐんだよ」 「えっ……でも」 「助けてあげるよ~心配しなくていいからね! こっちにおいで~!」 「お姉ちゃん! ……うん!!」  ヴァレンティーナは精一杯に微笑んだつもりだが、今はアリスの微笑みの方が少年には安らぎを与えられたらしい。  二人で幌の中に入っていく。  霧雨はどんどんひどくなっている。 「よしよし、お前も災難だね」  馬も壊れた馬車に動きを制限されて、少し荒ぶり疲れているのがわかる。 「どうどう……どうどう……いい子だね……よしよし」  暴れる事なく馬は、ヴァレンティーナが撫でる手を嬉しがるように顔を上下させた。  車輪は此処で直していくのは、さすがに無理だ。 「馬だけを連れて山を降りるしかないな」  幌に叫ぶと、少年が顔を出す。 「しょ……しょうがないよね……」 「君が悪いわけではないのだし、私が大人に事情を話そう」  彼の馬車の持ち主が親なのか雇い主なのかは、わからない。  しかし今はまず身の安全を……と思ったその時、ピィーーーーーーーー!! と大きな笛が鳴る。  ヴァレンティーナの直感が、危険だと告げる! 「アリスーーーーーーー!!」  ヴァレンティーナが叫ぶと、アリスが少年を抱えて馬車から飛び降りた。  二人が一気に抜刀する――! 「ま、ま、まさか……!!」  ヴァレンティーナとアリスの間に座り込んだ少年が青ざめる。 「野盗だ!」  そう、それは野盗が奇襲をかける時の合図だ!   
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