裏切り

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「ご馳走様でした。大将また来るね」 「おお。待ってるぞ」 会計を済まし店を出る。 「桜庭。ご馳走様でした」 藤堂のお礼に私は笑みで返す。 「じゃあ、帰ろうか。藤堂くんは駅?」 「ああ」 「じゃあ、送るよ」 「桜庭は駅に乗らないのか?」 「私は徒歩圏内だからね。寝坊しそうなときは自転車でいくけどね」 自転車は許可を取らないと使っては駄目だが、走っても間に合わないときだけ使っている。 「なら、俺が送る」 「いや、そんな申し訳ないよ。それでなくても今日助けてもらったのに」 「そのお礼はもう受け取ったから気にしなくていい。これは俺がしたいからするだけだから」 桜庭は美人だ。 それなのにこんな夜遅くに一人で帰したら何があったら後悔してする。 いくら桜庭が空手を習っているから強いとしても、この時間に一人で帰らせるのは心配だった。 「でも……」 「心配だから送らせてくれ」 「……わかった」 心配。初めて同年代の男子に言われた。 彼氏の秋夜だって私を心配したことはなかったのに。 どうしてか胸がざわつく。 嬉しいのか、悲しいのか、虚しいのか、自負自身の気持ちがよくわからなかった。 「どっちだ」 「あっち」 私は帰り道の方向を指差す。 藤堂は私の指差した方向に歩き出す。 私もその後ろをついていく。 さっきまでの楽しい雰囲気とは一変し、会話はなかった。 重い空気とは少し違うが、居心地が悪くなったのは間違いない。
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