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北風メトロノーム
北大路 颯、四十六歳。
私のこれまでの人生は決して華やかな物ではなかった。
喫茶店を営む父のもとに生まれた私は、父の仕事があまり好きではなかった。
珈琲が味覚に合わないという事もあったが、幼い私に構わず仕事に出掛ける父を見てきたからだ。
大人になったら絶対にあんな地味な喫茶店など継いでやるものかと、密かに反抗心を募らせていた。
寡黙な父とはまともに会話をしないまま大学まで進学した頃、ミュージシャンを志して活動していた私は妻と出逢った。
大した才能もなかった私に対し妻は「貴方の不器用な所が好き」と言ってくれた。
ある時、運良く所属していたバンドにデビューの話が舞い込んだ。
夢にまで見たミュージシャンになれると喜んでいた矢先に、人生の転機は訪れた。
涙を流し電話をかけてきた母から、父の余命が幾許もないという連絡があったのだ。話によると末期の胃がんだと言う。
母から「死ぬまで颯にだけは言うなと口止めされてたんだけど、ごめんね」と謝られ、腹が立った私はすぐに病院へと向かった。
其処には寡黙で恐ろしい父の、見る影もない弱々しい姿があった。
私を見た父の第一声は「好きに生きろ」という言葉だった。
その言葉に私は大人気なく声をあげて涙を流した。
私の人生を邪魔したくないという意思が、その短い言葉から伝わってきたからだ。
私は父が亡くなった事を境にメジャーデビューの話を断り、喫茶メトロノームを継ぐことにした。
それが自分の求めていた生き方だと、気が付いたからだ。
その頃には妻も私との子を身籠っていて、不安であったろうにも関わらず「やっぱり不器用な人」と笑って私の選択を後押ししてくれた。
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