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喫茶店の経営というものは、思っていたよりも困難を極めた。
何種類もある珈琲の入れ方を覚え、今まで作った事もない料理をし、何とか営業していく日が続く。
何よりモーニングの為に苦手な早起きをしなければならないのが辛かった。
今更ながら何年も続けてきた父の凄さが分かった。
それでも私が続けてこられたのは、ひとえに妻の存在があったからだろう。
妻は子供を産んでからも献身的に私を支え、拠り所となってくれていた。
しかし、運命とは非情で残酷であった。
ある台風の日、私はいつも通り喫茶メトロノームへとモーニングの営業に向かった。
雨が降ろうが槍が降ろうが営業してきた父を見習っての事だった。
慌しく店へと向かった為か、携帯を忘れてしまった事に気が付いたのは店についてからだった。
営業中は特に触る事もなかったので気にせず準備を進め、来るかもわからない客を待つためカウンターへと立った。
昼を過ぎた頃、ようやく店へとやって来たのは血相を変えた警察官だった。
妻は忘れ物を届けようと子供を母に預けて店に向かい、その途中で雨風にスリップした車に撥ねられたと警官は告げた。
苦しむ間もなく即死だったそうだ。
頭が真っ白になり、涙も流せないほど哀しみにくれたのを覚えている。
事故を起こした当人の謝罪も、慰めの言葉も、頭に入ってくる事はなかった。
その後しばらくはどう過ごしていたのか記憶に無いほど陰鬱な日が続いた。
それでも、残された幼い娘とこの店を守る為にカウンターに立ち続ける事しかできなかった。
私にはそうすることしかできなかったのだ。
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