2人が本棚に入れています
本棚に追加
事故から何年か経ったある時、私宛に手紙が来る様になった。
送り主は事故を起こした相手からだ。
最初の頃は怒りに身を任せ破り捨てていたものの、何度も送られてくる手紙に目だけは通す様になっていた。
内容は何年経っても償いきれないとの謝罪が大半を占めており、事故の賠償金以上のお金を送金したい旨が記されていた。
あまりにもしつこく送られてくる手紙に呆れた私は、遂に断りの返事をした。
そこから奇妙な文通でのやり取りが続き、いくつか分かったことがある。
許しを得ようとは思っていないこと。事故を起こした相手にも家族が居ること。喫茶店ではないが『エトワール』というカフェを経営していること。
そんなやり取りを何年もかけてする内に、私はもう相手のことを憎めなくなっていた。
そもそも一生恨み続けるなんて事を、妻が一番望んでいないと私はどこかで気付いてしまったのだ。
もう償いは充分だと告げても、事故から何十年経った今日に至るまで手紙のやり取りは続いている。
お互いの近況を伝え合う中、私がアドバイスをした苺のパンケーキは中々に好評だったらしい。
一方、喫茶メトロノームの客入りは少なかったが、未だに常連客の足は途絶えない。
最近では珍しく新しい常連さんが出来たので、珈琲を一杯サービスしておいた。
そんないつもの日常を過ごしていた私に、身に覚えのない宅配物が届く。
宛名の住所は『エトワール』からの物ではあったが、いつもの手紙ではなく箱である事に違和感を感じた。
疑問に思っているのも束の間に、見かけない若いお客さんが立ち上がり「その箱は爆弾です!」と言い始めた。
返す言葉を探す内に、警察官だと言う彼は東条と名乗った。
嫌な予感が胸でざわめき、妻の事を思い出す。
未だに頭の中を整理できないまま呆然としていると、今度は新しい常連さんが「その箱は私の物です!」と言い始めた。
もう何が何だか分からずパニックになる私をよそに、二人は言い争い始めてしまったのだ。
徐々にヒートアップする二人を眺めて、自分だけはなんとか冷静になるべく深呼吸をする。
「二人とも落ち着いてください。箱は私宛の物です」
毅然とした態度でそう告げると、二人はようやく話をする体制になってくれたようだった。
「いやでも、本当に通報があったんです!間違いありません!」
「疑ってませんよ。ただ、送り主は私が知っている方だったので爆弾とかではないと思います」
必死に訴えかける東条さんに、努めて冷静に伝える様にした。手紙ではないにしろ爆弾という事はないだろう。
「そんな…じゃあ私の手紙とティーカップは…」
「大丈夫です。送り間違いではないと思いますよ」
新しい常連さんの方にもフォローを入れた。きっとなにか勘違いをしていたのだ。
二人に対して「中身を確認してみるので、落ち着いて珈琲でも飲んでください」と言って椅子へと促した。
開けて中を見れば二人とも納得してくれるだろう。
喧騒が去って静かになった店内で、箱に手をかけたその時。
「さっきからその箱。音がせんか?」
我々三人の後ろから声がする。見ると珈琲を片手に常連客の中村さんが箱に指を向けていた。
息を飲みながら箱へと三人で耳を傾けてみると、カチッ、カチッ、と確かに秒針が動く音がした。
そして正午を告げる頃、喫茶メトロノームに破裂音のような音が鳴り響いた。
最初のコメントを投稿しよう!