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はたしてハイネックでノンショルのセーターは寒い時に着るんだろうか、熱い時に着るんだろうか? そんなグレーのセーターで胸の起伏を強調させたアナウンサーが、ぺったんこな画面の中で涼しい顔をして異常気象のニュースを読んでいた。
心もとない私の記憶でさえ、5年は異常気象が続いているのだから、それはもう異常ではなくて通常でいいように思った。
専門家が関東梅雨入りと言った途端に、連日の雨がピタリと止むのも、知識がない私の経験値では毎年の事だった。
スタジオでVTRを鑑賞する無意味な生放送が流れるテレビ。電源を切ると、うすっぺらな黒い鏡面に、うすっぺらい顔をした自分が映っていた。
主張するものが何もない胸元まで開いたパジャマが、昼過ぎの休日を実感させた。
右手で頭を撫でると、目の前にいる私の左の髪が、ぴょこんと跳ねた。
明りの消えた部屋に、四角く浮かび上がった窓を開けて、夜の空気と昼間の空気の参勤交代。
ふわーと欠伸をすると、ほのかに濡れた草の匂いがした。
雨上がりの匂いはゲオスミンと言うらしい。降り始めのペトリコールは、お洒落に聞こえるのに、香りにも格差があって可哀そうだ。
新鮮な空気で血管を満たすと、喉の渇きが主張をはじめた。
ホットミルクで溶かしたインスタントコーヒーが私の覚醒剤。あれ? なんだか背徳的な響き。
温かな流動が、お腹まで落ちるのを感じながら外を眺めた。まだらな雨雲の切れ間から青空が覗いていた。まるで青いゼブラみたい。
マグカップを抱えて部屋をブラブラしながら、自然と鼻歌なんかが漏れて、ちょっとつま先立ちになったりして。
気分よくのびをしたタイミングで、外界と繋がるノイズが聞こえた。掌に収まる画面に目をやれば、『あまね、今夜ヒマ?』の文字が浮かんでいた。
スタンプじゃなく文字を送ると、今度は声を出して伸びをした。部屋にジャスミンでも飾ろうかなと不意に思った。きっとゲオスミンをかいだ思考の連想ゲームだ。
通知音と共に待ち合わ場所が送られてきた。顔と胸を創る時間は充分あるし、ちょっと気合いを入れようかな。
空を覗き、雨が降りそうもない事を確認した私は、バスルームで心地よい人工の雨を浴びながら「虹の彼方に」を口ずさんだ。
〈独りあまねく〉
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